カルネージ Ⅱ

 ライブ配信が終わり、オコジョと画面越しの雑談が始まる。

 いつもと変わらずオコジョの明るい声がヘッドフォンから響いてくるのだけれど、無理をして普段どおりに振る舞っているようにも聞こえる。いや、俺が意識し過ぎているだけなのだろうか。

「放送中ボーッとしてたけど大丈夫? 疲れてるのかな?」

 真剣に心配してくれているようで心苦しい。昨日のことがちょっと、気になってしまっただけなのだから。

 初めて肌を合わせた女性と迎える朝は、いつだって少し気まずい。初めてエロイプした女性と迎える初めての通話も気まずいものだとは知らなかった。

「いや、ちょっと考えごとしててさ」

「それって、もしかして……」

「ん?」

 言い出しにくそうに口ごもる。

「その、昨日のことが……原因だったりする?」

 やはりオコジョも気にしていたのか……まぁ、気にしない方がおかしい。実際に体の関係をもったわけではないのだけれど、一線を越えてしまったような感覚が確かにある。

「あー、違うよ。関係ない」

「ホント?」

 カメラ越し、上目づかいに俺をみる。

「昨日、その……変な声だしたり、エッチなこと言ったりしたから……もしかしたら嫌われちゃったのかな……って」

「いやいや、そんなことないし。心配しないで」

「ホント?」

「嫌になってたら、一緒にライブとかやんないでしょ」

「そっか……。そうだよね。良かった」

 そう言って彼女は、安堵の笑みをこぼした。


 昨夜オコジョからエロイプをしてみたいと請われ、最初に気になったのは彼女の家人の存在だった。オコジョはたしか、お母さんと二人暮らしのはずだ。

「大丈夫なの? 家の人とか……」

「今日はたぶん、ママ帰ってこないから。帰ってきたとしても明け方かな」

 そういえば以前、お母さんは夜の仕事をしているのだと言っていた。お父さんは居ないようだけど、その理由を聞くことはためらわれた。家庭の事情になんて、深く踏み込まない方が良いに決まっている。

「エロイプって、どんなことしたいの?」

「……命令とか……して欲しい……かも」

 消え入りそうな声で応えるオコジョだけど、すでに頬が紅潮し息が荒い。

 事態はもうすでに、引き返せないことろまで突入してしまっていた。状況は整ってしまっているし、そもそもオコジョが言い出したことだ。あとは俺がその気になるだけだった。

 しかし通話ごしとはいえ……そう、直接的な接触ではないとはいえ、娘のような歳の女性と性的な行為に及ぶことに抵抗を感じていた。いやこれは、初めてのエロイプをうまくこなせる自信がないことへの言い訳だろうか。その反面、オコジョがどんな顔をして喘ぐのか、当然のように期待してしまっている俺もいた。

「じゃぁさ、自分で胸をさわって……って言ったら、その通りにやってくれるの?」

 言った瞬間、画面の向こうのオコジョが身ぶるいし、短い嬌声がヘッドフォンから響く。

「ヤバい。カルさんの声で、そんなこと言われたら……」

 ゆっくりとした動きでオコジョの右手が、シャツと素肌の間に滑りこむ。胸へと到達する指先。敏感な部分に触れたのだろうか、悲鳴にも似た声があがる。

 え、本当にやっちゃうんだ……驚きに彩られた興奮が押しよせる。もう始まっているのだ。さすがに覚悟を決める。

「エッチな声、出すんだね……」

 スケベオヤジみたいなセリフしか出てこなくて、我ながら情けなくなった。もっと気の利いた言葉をかけられれば良いのだけれど、そもそも何をどうすれば良いのか解らない。

 けれども、そんなオッサン臭いセリフにもオコジョは身を固くし、熱い吐息をもらしている。

「ちがうの。声、勝手に出ちゃうの……」

「もっと聞かせて。エッチな声」

 うなづくとオコジョは、そっと目を閉じる。シャツの下をまさぐる指先、そのうごめきに合わせ、彼女の呼吸が荒くなっていく。

 俺もとっくに高ぶり、心臓が早鐘を打つかのように鳴りつづけている。さっきまでのためらいなんて、吹き飛んでしまったかのようだ。

「ブラ邪魔じゃない? 取っちゃえば?」

 俺の言葉に、再び彼女が身を震わせる。小さくうなづいて両手を背中に回したかと思うと、器用に肩紐をはずしてシャツの下からブラを抜き去り床へと落とす。

 ブラを外してなお、存在感を失わない胸のふくらみ。ブラを取り去った今、ふくらみの頂点がシャツの上からでも判る。

 見たい……そう思った瞬間、願望をそのまま垂れ流していた。

「見せてよ、胸」

 画面の向こうでは、オコジョが必死に首を横に振っていた。

「ムリ……恥ずかしすぎる」

 首を振るたびに、胸のふくらみが左右にゆれる。触りたい……。できることなら、鷲づかみにしたい。それが叶わないのなら、せめて生で見てみたい……。

「エロイプしたいって言ったの、オコジョでしょ? ちゃんとしよ?」

 我ながら、ずるい言い方だと思う。けれども、そうまでしてでも見たいのだ。自分でも、異様に興奮していることがわかる。胸の鼓動が鳴り響いている。鼻の奥が痛い。興奮しすぎて鼻血を出すのって、こんな感覚なんだろうか……訳のわからない思考が頭を巡る。

 観念したかのように、オコジョがシャツのボタンを外す。あらわになったキャミソールの裾をつまんで、ゆっくりと持ち上げていく。膨らみの下弦が見え隠れした頃、突如としてオコジョがマウスに手を伸ばし、カメラの映像が真っ黒になった。

「ちょ! え!?」

「ムリ! やっぱりムリ!」

 通話が切れた訳ではない。どうやらカメラを切ったようだ。

 無理じいしてしまったか。少し頭を冷やそう……。女子高生相手に、何をやっているのやら。突然のように自責の念がわきあがる。

「ごめん、調子に乗りすぎたね。この辺にしとく?」

「ちがう、ちがうの。ワタシいま、すっごく興奮しちゃってて、何するか分かんなくて、ちょっと怖かったから……」

「え、俺もすごく昂奮してる」

「ホント?」

「オコジョのエッチな声を聞いてたら、もうたまらなくて……」

「ワタシの声で?」

「そう、オコジョの声で」

「昂奮したの?」

「うん、昂奮したし、今も昂奮してる」

 一言づつ確かめるかのように、彼女が俺の言葉を繰り返す。

「カルさんにも、気持ちよくなってほしい……」

「じゃ、胸みせてよ」

 我ながら、あきらめが悪い。

「ムリ。それはムリ……」

「じゃぁさ、カメラ切ったままでいいから裸になって」

 しばしの沈黙。心臓の音が再び期待に高鳴る。

「……いいよ。でもその代わり、カルさんも脱いで」

 あ、俺も脱ぐんだ……。

 自分の姿だけ相手に見られているのも何だかフェアではない気がして、自分のカメラも切って音声だけでつながる。

 衣ずれ、脱ぎ捨てるキャミソール、上気した息づかい……すべての音がさっきよりも鮮明に響く。

「いま、どんな格好してるの?」

「……ショーツ一枚だけ」

「ショーツも脱いで」

 画面にはもうオコジョの姿は写っていないけど、コクリとうなづく彼女の姿が脳裏に浮かんだ。

 しかし服を脱ぎ捨てただけで、異様なほど居心地が悪い。見知った部屋なのに、どこか知らない場所にでも居るかのような居心地の悪さ。同じような感覚を、オコジョも感じているのだろうか。

「脱いだよ」

 オコジョの声に、胸が鳴った。

「いつも独りエッチする時、どんな風にやってるの」

「どんな風にって……その……」

 またもやオコジョが口ごもる。きっと真っ赤になってうつむいているはずだ。

「どこを触るの?」

「どこって……胸……とか……アソコとか……」

「アソコって何処? ちゃんと言ってくれないと、解らないよ」

 我ながらオッサン臭いことを言う……情けなくなってしまう。けれども彼女はそんな言葉にも息を荒くし、健気にも応えてくれる。

「……■■■■……とか……」

 言った! 女子高生が■■■■って言った!

 自分でも信じられないくらいに昂奮している。息苦しいほどに、胸のあたりが締め付けられるような感覚にとらわれる。

「いつものようにしてみて。胸と■■■■触って……」

 ヘッドフォンから、ひときわ大きな嬌声が響く。

「ヤバい……」

「どうしたの?」

「気持ち良すぎて、おかしくなりそう……」

 オコジョの喘ぎ声の裏に、水っぽい音が混じる。

「グチュグチュ音がしてるけど、濡れてるの?」

「え、聞こえてるの!?」

「思いっきり聞こえてる」

「ヤダ、恥ずかしい。聞かないで……」

「マイク近づけて、もっと聞かせて?」

「ヤダ、ムリ……」

 言葉ではそう言ったけど、湿り気を含んだ音が近づいてくる。

「いやらしい音……」

「言わないで……。すごくぬれてるの。どんどんあふれてくるの……。カルさんは? カルさんは気持ちよくなってる? ねぇ、カルさんも……して……」

 言われるまでもなく、とっくに右手が股間をまさぐっている。達してしまわないように抑えるのに一苦労だ。

「どんな格好してんの? 椅子に座ったまま?」

「……イス汚しちゃうから、立ってる。ヤバい。ヒザまでたれてきた……」

 目を閉じて、全裸の姿を思い描く。

「ヒザがガクガクして……立ってらんないよ。イきそう。イッちゃいそう……」

「いくときの声、聞いててやるよ」

「ヤダ、そんなのダメ。恥ずかしい……」

 そう言いながらも嬌声は激しさを増し、今にも達してしまいそうだ。声だけなのに、こんなに感じてしまうなんて……もう俺だって、我慢できそうにない。

「一緒に……いこう」

「うん、一緒にイッて。カルさん、一緒にイッて!」


「おーい、カルさーん」

「?」

「ねぇってばぁ……」

 ヘッドフォンの向こうから、俺を呼ぶ声が聞こえる。

「……お、おう」

「あ、返事した。大丈夫?」

「大丈夫って……何が?」

「何って、ボーッとしてたじゃん」

「そう? ボーッとしてた?」

「してたよ。やっぱり疲れてるんじゃないの? 今日はもう落ちる?」

「いや、昨日のエッチなオコジョのこと思い出してただけだから」

 画面の向こうで、彼女が真赤になってうつむく。

「んもう……。したいの? 今日も」

「オコジョがしたいのなら」

「ん……」

 しばしの沈黙。

「じゃ、しよっか」

 そう言ってオコジョは、照れた笑みをうかべた。

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