あわいろパッチワーク

からした火南/たかなん

十八年ぶりの電話 Ⅰ

 ねぇ、最近ずっと考えていることがあるんだけど聞いてくれる?

 興味ないふりするの、変わってないね。でも、聞いてくれるんでしょ?

 えっとね、オナニー配信者の年齢的上限についてなんだけど……ちょっと、呆れないでくれる。オナニー配信で稼いでるワタシとしては、死活問題なんだから。いや、まって。ドン引きするのも止めてちょうだい。

 まぁ、でも、アナタの気持ちは解るわ……と言いたいところだけど、ちょっと想像に難いかな。十八年ぶりに電話してきた元恋人が、オナニー配信で生計を立ててるなんて言い出した時の気持ちなんて、想像することができないかも。

 とりあえず、ちゃんと話を聞いてくれないかな。昔は他愛もない話だって、文句も言わずに聞いてくれたじゃない。そうよ、オナニー配信者の年齢的上限についてよ。ちゃんとアナタの疑問にも答えるから。そう、どうして今ごろになって連絡してきたのかっていう疑問。だから、ちゃんと聞いて。

 大半の男性って、若い女性に性的興奮を感じるものでしょ? そもそも性的興奮は生殖活動に伴うものだし、すこしでも若くて健康な女性と生殖としたいという感覚は生物として正しいよね。

 けれども人間は他の動物と違って、生殖以外の目的でもセックスする生き物よね。いやむしろ、生殖以外のセックスの方が多いよね。つまり生殖が目的ではないのならば、若い女性でなくとも良いということになるよね。

 実際に世の男性たちの性的嗜好は幅が広くて、年齢要素だけに絞ってみても、重力に負け始めたおっぱいやたるんだお腹に興奮する殿方も多いし、自分の母親と同年代じゃないとダメだなんて言う中年男性だっている……。

 需要がある以上、供給はあるべきかなって思うんだよね。つまりオナニー配信に、年齢的な上限なんてないっていうのがワタシの見解。老齢の婦人があえいでいる姿を見て喜ぶ男性もいるのだから、これはいよいよ生涯現役ってことになるのかしらね。

 でも、どうだろう。還暦を過ぎてオナニー配信している自分の姿っていうのは、想像してみると結構キツイものがあるよね。だからさすがに、四十歳くらいで引退しようかとは考えているの。

 それ以降も続けるのであれば、マーケティングを見直す必要がある。体型の維持には気を使ってるし、もちろんアプリで盛ってはいるけれど、いつまでも若い子に混じって人気と収入を維持するのは難しいのよね。体型の崩れはいかんともし難いし、顔や首筋にだって年齢が出てしまうよね。であればいっそマーケットを移して、アラフォー美魔女として再デビューしたほうが良いかなって気がするの。

 考えてみれば、カメラ越しに裸体をさらしてお金を稼ぐことができるのだから、すごい時代になったものよね。一昔前で言えば何になるのかしら。こういうの、アナタの方が詳しいでしょ? ストリップとか、覗き部屋ってヤツ? 見せる側も見る側も家に居ながらなのだから、これはもうストリップのリモートワーク化と呼ぶべきでしょうね。こんなところでIT技術の進歩を実感できるとは思わなかったわ。

 でも、いつの時代も新しい技術を広めるのはエロスの仕事よね。ビデオデッキしかり、PCしかり……あら、アナタも大学の時、エッチなCDROMを見るためにゼミのPCをいじってたじゃない。そういうことよ。

 チャットレディーを始めて、もう八年になるのよ。この仕事の前は、シンクタンク系の企業で働いてた。そう、リサーチ会社とかコンサルタント会社とか。大学を出た後いくつかの会社をわたり歩いて、キャリアアップのためにMBAスクールに通うことにしたの。アメリカに渡って、ウォートンのMBAを取得したのが三十歳の時。外資系のコンサルティングファームでも狙おうと思って帰国したのだけど、なぜかチャットレディーの道に進んで夜な夜なカメラの前でおっ広げているのだから……本当、人生って何が起こるか解らないよね。

 待って。アナタまでそんな事を言わないで。MBAまで取ってもったないとか、今までどれだけ言われたか判らないわ。人生を棒に振ってるつもりもないし、誰でも出来るような仕事をやってるつもりもないのよ。たしかに十八歳以上なら誰でも始められる仕事だけど、だからといって誰でも稼げる仕事ではないのよ。募集広告に書いてるような、スキマ時間を使って楽に稼ぐ仕事でも決してない。わかるでしょ、それくらいのこと。これはれっきとした接客業なの。仕事である以上、プロ意識が必須なのだとワタシは考えてるわ。

 マーケターとしての経験や知識は、大いに役立ってる。人生に無駄な時間なんて無いと言うけれど、まったくもってその通りね。新人で三十歳という年齢的なハンデを負って、可愛くてエッチな十代や二十代の女の子たちの中で生き残っていかなければならないのだから、そりゃ知識も経験も総動員するしかないわ。

 ハンディキャップを、アドバンテージに変える必要があったの。マーケットをリサーチして、オーディエンスをセグメンテーション。クライアントとすべきレイヤーをターゲティングして、プロダクトとしての自分の魅力をポジショニング。……ところでさ、マーケティング系の横文字を並べると、頭が悪そうに聞こえるの何故かしら。なんだか、軽薄な感じがするよね。

 それはともかくとして、ワタシが推すべき魅力は知性。三十歳という年齢を、知性の演出面でプラスに働くようにブランディングしていったの。そしてインテリジェンスとエロスのギャップを最大化するために、脱ぐ前のワタシはお高く知的でクールな印象を作る必要があったし、そして脱いだ後は獣のように熱く激しく淫らに……落差は大きければ大きいほど、男性はひきつけられるものよね。アナタだってそうでしょ?

 もちろん最初から巧くはいかなかった。けれども基本的なプランは間違っていないの。検証と改善を繰り返していけば、あとは時間の問題……程なくして人気チャットレディーの仲間いりって訳。八年経った今でも最初のマーケティングプランに大きな変更はないし、今でもランキング上位を走り続けてるわ。

 知ってた? チャットレディーの寿命って、意外と短いのよ。大半は何度か配信をして、巧くいかずに辞めてしまうし、スタートアップを乗り切ったとしても、視聴者あつめに疲れて辞めていくの。

 長く続けるコツは、新規の視聴者を集めつつ常連を育てること。マーケティング的に言えば新規集客と顧客ロイヤルティー育成の両輪を回す……ってことになるかしら。こんな言い方をすると、視聴者を金づるとして見てるように聞こえるかもしれないけど、決してそんなことはないのよ。チャットレディーの仕事を在宅ストリップに例えたけど、裸体やオナニー姿をさらすことがこの仕事の本質だとも思っていないし。

 チャットレディーの仕事は、ある種のセラピストもしくはカウンセラーの役割を果たすこと……これが本質だと思っている。古臭い解釈かしら。キャバ嬢や風俗嬢も同じように言われることがあるし……確かに散々言い尽くされて、手垢が付いてる感じもあるよね。

 まぁ、でも、ワタシのやっていることは本質的に風俗嬢と同じだし、性的に満足感を与えるという表面的な意味でも同じよね。違うのは、彼女たちはリアルで男性たちのお相手をし、ワタシはリモートで男性たちのお相手をするという点かしら。

 オナニー配信の視聴料金、けっこう高いの知ってる? ソープランドよりもたくさん払う人だっているのよ。同じお金を払うのならば、リアルに触れ合うことができるソープランドの方が良と思わない?

 逆に女性のあられもない姿を見たいのなら、AVという手だってあるよね。最近じゃ、無料でモザイク無しのAVを見られるサイトだってあるし。そっちの方が、手軽で安あがりだと思わない?

 それなのに、何千人もの男性たちがワタシの配信に集まってチャットして、その中の何百人かの男性はワタシのオナニーを見るために高いお金を払うの……不思議だと思わない?

 ワタシがチャットレディーの仕事を本気でやろうって決めたのは、この状況に大きな興味を惹かれたからなの。今の社会って、現実として独りでは生きていけないって状況があるじゃない? そんな中で、他人と関わりたくないって人たちが少なからずいるよね。でも関わりを拒絶しながら、寂しさのようなものを抱えてる人が多いの……。他人と関わりを拒みながら、人の温もりを欲している……そんな矛盾の隙間に、自分の居場所があるんじゃないかって考えたの。

 結局のところ、やはり人は独りでは生きていけないから、他人とつながるしかないのよね。でも、つながり方は形を変えようとしてるよね。希釈されて実体をともなわない淡いつながり……ワタシはこれを、良いものとも悪いものとも判断できずにいるの。だからこそ、そこに身を置いてみようって決めたの。

 べつに、性欲を満たしたいからじゃないよ。性欲そんなに強くないこと、あなたが詳しいでしょ? そうね、自己顕示欲を満たしたいってのは、確かにあるかもしれないね。でもそれ以上に、新しいコミュニケーションの形に興味を惹かれてるの。

 他人との関わりを拒みながら、他人のぬくもりを求める人達……いや、逆かな。人のぬくもりがほしいのに、人と接するのが怖い人達……なんだか愛おしいと思わない?

 そうかな。気持ち悪いかな。確かに今までの常識から考えれば、歪な形をしてるよね。でも、歪なままで生きていける仕組みが出来上がりつつある……そんな風に思わない? あなたまだ、ウェブのお仕事してるんでしょ? だったらその辺り、思うことも在るんじゃないかしら。

 ワタシがチャットレディーやってる理由、解ってくれた? そう、良かった。アナタならきっと、解ってくれると思ったわ。

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2024年10月8日 20:00
2024年10月9日 20:00
2024年10月10日 20:00

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