第7話

「落ち着いた部屋だね」


 僕は部屋を見渡し、素直な感想を述べる。氷岬さんはすまし顔で頷くと、さっき買ってきた本を取り出した。


「読むの」

「ええ。読書会しましょう」

「いいね」


 僕も買ってきた本を取り出し、開く。静かな空間での読書は意識を集中できるから捗るんだよな。氷岬さんと一緒に並んで本を読む。小一時間ほど集中して本を読んでいると、氷岬さんが覗き込んでくる。


「それ、おもしろい?」

「今のところおもしろいよ。やっぱりあらすじ読まずに読むのってわくわくするよね」

「読み終わったら私にも貸してくれるかしら」

「いいよ。じゃあ氷岬さんも読み終わったら貸して」


 互いに本の貸し借りの約束を取り付け、僕らは笑い合う。そこでふと本棚が気になった。僕は立ち上がると、氷岬さんに許可を求める。


「見せてもらってもいい?」

「ええ、いいわ」


 氷岬さんに許可を貰い、僕は本棚を開いた。文庫本から大判の本まで所狭しとずらりと並んでいる。ライトノベルもあれば、氷岬さんが好きなミステリ小説も豊富に並んでいた。本棚を見ればその人の性格がわかるって言うけれど、氷岬さんは作者じゃなくてレーベルで並べるタイプか。同じ作者でもレーベルが違えば違う個所に並べられている。

 そこで僕はふとあるものを見つける。


「これ、氷岬さんのアルバム?」

「ええ、そうよ。両親が写真好きでね。こうしてアルバムを作ってくれたの」

「見てもいい?」

「恥ずかしいわ。でも、輝一くんならいいわよ」


 僕はアルバムを取り出すと、床に置いて開く。氷岬さんの生まれた時の写真が一ページ目に貼られていた。目が細く、穏やかに眠っている写真。とても可愛い。


「氷岬さんは生まれた時から髪の毛があるタイプだったんだね」

「ええ、そうね。割と濃かったと思うわ」

「僕は薄かったから」

「輝一くんの写真も今度見せてね」

「勿論」


 ページを捲る。幼い頃の氷岬さんが家の中をハイハイで動き回っている写真だ。その様子はまるで天使で、今とは違い満面の笑顔でカメラを向いている。

 それからページを捲っていくと、氷岬さんが成長した姿が写っていた。四、五才くらいかな。この頃になると、氷岬さんは今と同じ無表情で写っている。庭の砂場で遊んでいる写真だ。砂の山を作っているらしく、ふもとに穴をあけてトンネルを掘っている。


「氷岬さんって結構外で遊ぶ子だったんだね」


 写真を見ていくと外での写真が多かった。現在の文学少女の氷岬さんからはちょっと想像できない。


「子どもの頃はそうね。でも小学生に上がると本と出会って、それからはずっと本が友達よ」

「あ、ほんとだ」


 小学生の頃になると家の中で本を読んでいる写真が増えた。こういう何気ない日常を切り取った写真が増えたことで、氷岬さんの成長の記録が直に感じられる。なんとも微笑ましい。氷岬さんはこうやって育ってきたんだという感慨が僕の中で溢れてくる。


「でも、氷岬さんは子どもの頃から可愛いね」

「……ありがとう」


 氷岬さんは少しだけ頬を朱に染めると、僕から目を逸らした。

 中学生の氷岬さんは今と変わらない感じだった。既にとびきりの美少女で、他の子たちと比べても抜きんでている。だが、残念ながら顔は無表情で、写真写りは悪かった。でも、そういうところもなんだか氷岬さんらしいなと思えてくる。


「このアルバム、凄く分厚いね」

「でももうそろそろページがなくなるわ」

「ほんとだ。それだけたくさん写真を撮ったってことだね」


 この写真の山を見るだけでも、氷岬さんが両親に愛されて育ったことは窺える。

 氷岬さんは一人っ子みたいだし、可愛がられて育ったんだろうな。


「輝一くんはどんな子どもだったの」

「僕? そうだな、僕は結構わんぱく坊主だったよ」

「今の輝一くんからは想像できないわね」


 実際、僕はかなりの悪ガキだった。小学生の頃は毎日友達と喧嘩に明け暮れていたし、しょっちゅう親を呼び出されていたぐらいだ。小学生の高学年になって落ち着いた性格になったけど、昔は両親を苦労させたと思う。


「輝一くんにも意外な一面があったのね」

「あはは、僕の黒歴史だね」


 今思い返しても子供だったなと思う。自分の思い通りにいかないことがあればすぐに暴れていたし、とにかく落ち着きがなかった。通知表にも落ち着きがないとはっきり書かれるぐらいだ。そんな僕が落ち着いたのには明確なきっかけがあったと思う。ある女の子との出会いが僕を変えた。

 もうはっきりは覚えてないけど、そんなことがあった気がする。


「まあ僕の写真については家にきたときに見せるね」

「家、行っていいの?」


 氷岬さんが目を輝かせて身を乗り出してくる。


「勿論。氷岬さんは友達だし」

「友達……」


 なんだろう。少ししゅんとしてしまった。僕何かまずいことでも言っただろうか。

 氷岬さんはすぐに立ち直ると、僕の手を握ってくる。


「絶対よ」

「約束するよ」


 そう言うと氷岬さんは薄く微笑んで僕の手を離した。

 アルバムを最後まで見た僕たちは本棚に戻すと時間を確認する。


「そろそろ帰るよ」

「そうね」


 そう言って僕は氷岬さんの部屋から出る。お母さんに「お邪魔しました」と挨拶をし、氷岬さんの家を出た。



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