「侯爵家の落ちこぼれ」の私に選択肢などないと思うのですが ー旦那様、私は人質のはずですー

月橋りら

第1話 落ちこぼれ

私の呼び名をご存知でしょうか?

この国の、貴族であれば誰しもが一度は耳に入れたことがあるはず。


「侯爵家の落ちこぼれ」


特にこの名をしきりに口に出すのが、家族。

私は、この由緒あるララリア侯爵家で生を受けたにも関わらず、無属性だったーー。



ある日、妹であるグレイスは私にぶつかり、普段なら絶対に持つことのない水の入ったバケツをひっくり返す。


「あらぁ…お姉様ったら、そこにいたのぉ〜?」


くすっと笑えば、美しい顔のせいで皆が惹かれてしまう。ーーもっとも、その形の良い唇から出てくる言葉は、とても刺々しい、毒だけれど。


「何をぐずぐずしているの?床が綺麗になるどころか、汚れちゃっているじゃない!」

「…もうしわけ、」

「しかもドレスが汚れてしまったわ…どうしてくれるの?」

「…申し訳ございませんでした…」


すると彼女はいかにも高価そうな靴で私の頭をぐっと押す。

床はゴン、と痛々しい音を立てる。


「違うでしょ?ーーもっと頭を垂れなさいよ」


グレイスは、私を軽蔑する目で見下ろしてくる。

ここで逆らってもーーいいえ、逆らう資格などないこと。とうにわかっている。


「申し訳ございませんでした…!」


ーーああ、なんて惨めなんだろう。

誰よりも血の繋がった妹の前で、頭を床にぶつけるほど垂れ、必死に謝る姉の姿。


だけど、仕方ない。だって、私はーー。


「お姉様は、落ちこぼれなんだもの。これくらい当たり前よね〜?」


ぱっと靴を私の頭から離したのは、おそらく両親が来たから。


「お父様、お母様!」

「まあ、グレイスったら。いつになったら親離れするのかしら?ふふっ」

「離れていって欲しくないがな」


それは、どこからどう見ても仲睦まじい親子の姿。


ーーそこに、私の入る余地はない。


「…お父様ぁ、聞いて…お姉様が、私のドレスを汚したの!」

「なんだと…?」


一応私の父でもある侯爵は、何も聞かずに私の髪を鷲掴みにした。


「この愚図が!落ちこぼれだけあって、何ひとつできないんだな!」

「本当…可愛くて優しくて「風」属性を得られた妹に嫉妬しているのかしら?醜いわね」


私をなぶる両親の後ろで、グレイスがくすりと笑った。

そう、この家は、グレイスが中心で、私だけでなく両親も、グレイスの手の上で転がされているのだ。


「…お父様、お母様…お姉様にあまりそんなこと言わないであげてっ…!」

「ああ…グレイス、お前はなんて優しいんだ」

「ほんとそうね。ーー落ちこぼれを、姉と呼んでいるのだもの」


それでも生きていられたのは、婚約者の存在があったから。


アラン・リティス公爵子息は私が幼い頃に決められた婚約者で、その頃はまだ「無属性」だなんて誰も知らなかった。

彼だけが、唯一の光ーー。



「…アナスタシア。これを着てすぐに玄関に降りてこい」

「…え…」

「いいからさっさとしろ!」


渡されたのは、グレイスのお古だろうか?ーーしかし、美しい刺繍が施されている。


「こんなドレス、初めて…」


着方などわからない。

階下から私を呼ぶ声が聞こえたので、慌てて着替える。


「これで、合ってるの?」


唯一ーー私の使用人用の部屋にある姿見で確認する。

確かに綺麗なドレスだけど、私には分不相応だった。ーー髪はぼさぼさで一つにくくっただけ。顔には化粧など施されていないし、どこか暗い。


「…はあ…落ちこぼれって、こんなに醜いのね」


母はため息をつく。

そして強引に私の手を引っ張り自分の部屋に入れてメイドに指示をした。


「せめて髪型を整えてちょうだい。それと、化粧もしていいから」

「はい、奥様」


どういう心境の変化だろう?


完成した私を見て、少しましになったか、という表情をした母は、家族の元へ連れていった。


「少しここで待ってなさい」


父母は外へ行き、どうやら馬車を出す手配をしているらしい。

私が準備しているときにしておけばいいものを、きっとグレイスを可愛がっていたのだ。


「…ふふ、お姉様ったら。似合わなさすぎておかしいわ!」

「…そ、そんなに?」

「もちろん!自分の姿、見たことないの?馬子にも衣装どころか、見た目すら醜いなんて!」


目も当てられないわ〜、とグレイスが言ったところで両親が戻ってきた。


「行くぞ」


本日は、王室パーティーだそうで。

もちろん17歳以上の貴族の参加は必須。それのせいで私も連れて行かれている。


そして入場したときの貴族の視線はすぐに私に向けられた。


「…誰ですの?」

「あの「侯爵家の落ちこぼれ」ではなくて?」

「!なら、納得いくな、あの姿は」


私は、国王に挨拶したあとすぐに婚約者、アラン様が私に言った。


「アナスタシア・ララリア。お前との婚約を破棄する!!」

「っ、え……」

「昔から、婚約者であることが恥ずかしくて仕方がなかった」


どう、して?

アラン様は、私のことを、愛してくれていると、そう思っていたのに……。


「当たり前ね」

「逆に隣に立てると思っていたなんて、思い上がりも甚だしいわ」


クスクスと陰で笑う彼女らは、アラン様に恋をする令嬢たちだ。


「お前は無属性の「落ちこぼれ」だ」

「っ、は、い…」


涙を堪えるので精一杯だった。


「そして、私は、この可愛らしいグレイスと婚約する!」

「え…」


グレイス、が…?


貴族たちは、納得の表情を見せている。私は泣きそうになった。

そんな時でも、国王陛下は口を開いた。


「…アナスタシア・ララリア。あなたには、隣国ユリアスへ行ってもらう」

「はい?一体何を…」

「…あなたはだ」











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