第27話 一難去ってまた一難、私はどうしたらよかったの?

「……そんなに見つめられると、困ってしまいますわ。セイフォート嬢」


「……ッ」


 キリアンとの対話をすべく、学校の……というか面接を経て学校に報告をしたあとなのだけれど、キリアンもお仕事だから町中にあるカフェに私は来ていた。

 この店は貴族も多く利用することが知られているので、護衛なしでも気軽に・・・利用できるとあってご令嬢たちに人気の店だ。

 勿論、お店側でも多くの配慮をしてくれていることからキリアンも『その店なら』って安心してくれたのよね。


(毎回迎えに来てもらうのは申し訳ないと思ったからそうしたのだけれど……失敗だったかしら)


 あとで連れが来ると店員に伝えて案内された二人用の席。

 籐で編まれたシンプルな衝立パーティションが席と席の間に申し訳程度に置いてあるだけなので、近くの人たちもお互いを知ろうと思えばわかってしまう。


 別にただお茶をするだけなのだし、見られて・・・・困る・・ような仲ではないと示すことができるのもこの店のいいところであり、淑女としては周りの目を気にしてばかりで面倒だと思うことが多々あることだ。


 けれどまあ、キリアンと私が順調であることを示すのにもちょうどいいなと思ったのでこの店を選んだのだけれど……それが今回に限りあだとなってしまったらしい。


 たまたま私の席の近くを通りがかったセイフォート嬢が私に気づいて、苦々しげに睨んでくるのだもの!


(まあ、彼女が方々ほうぼうから叱られたらしいことは耳にしているけれど、それを恨まれても困るわ)


 たとえ思うところがあったとしても、貴族令嬢にあんな堂々と喧嘩を売ってしまったのだから。

 しかもそれをキリアンにまで聞かれてしまったのは、彼女自身の落ち度だ。


「貴女なんてキリアン様に相応しくないのに、どうして……!」


「……セイフォート嬢、まだ反省が足りないようですね。ご実家に今一度アシュリー家から苦情を届けた方がよろしくて?」


「そうやって実家の威を借りて……どうせキリアン様との婚約だって貴族の身分を振りかざして手に入れたんでしょ! みんなそう言ってるんだから!」


「あらまあ。間違いではありませんね。私と彼の婚約は、当主である父がウィッドウック準男爵に正式に申し込み、あちらのご家族で確認していただいた上でキリアン本人の意向を聞いて成立したものです」


「……っ、お金と権力でみんなの憧れの人を手に入れたからって……っ」


 私の正論に、彼女はだんだんと声を小さくしていきましたが……困りましたね。

 周囲から好奇の眼差しを向けられるのは、好ましくないのですが。


 せっかく苦情程度で前回は事を収めたというのに、これではセイフォート嬢のご実家の商売が傾いてしまう事に繋がってしまうのでは……?

 そうなればそちらのお店で働く方々にも迷惑がかかるし、どうしたものか。


「お飾りの婚約者、でしたかしら?」


「そうよ! 愛のない関係ならあの方を自由に……」


「愛ならありますわ。彼は私を妻とすると仰いました。誠実な方がそう口になさったのだもの、キリアンを応援するセイフォート嬢ならば彼の言葉を重んじてくださいますよね?」


「……ッ」


「恋愛関係にないことが彼にとって損失だと仰るのなら、それは申し訳ないと思っております。……でも、男女の恋情がなくとも、愛情は確かにあります。それに私は彼を恋うておりますので」


 言っていて少し、悲しいけれど。

 私だけが彼を、キリアンを追いかけていることは変わらないし、愛されていてもそれは夫婦……いいえ、家族としてだなんて。


(でも、長い目で見れば『家族としての愛』でいいのよ)


 愛し愛された家族には違いないのだから。

 

 私の言葉に、セイフォート嬢は言葉が出ないのかはくはくと口を開いては閉じてを繰り返していた。

 詰られて情けないことを口にしているのは私なのに、彼女の方が泣きそうだ。


 思わず鞄からハンカチを取り出して、彼女に差し出した。

 手慰みに刺したヒナゲシが少し不格好なことに気がついて恥ずかしくなった。


「どうぞ、お使いになって」


「……結構よ」


 差し出したハンカチは断られた。

 けれどそこで踵を返したセイフォート嬢が、去り際に私に対して小さく『ごめんなさい』と言って小走りに外へ出て行く。


 そんな彼女のことを周囲がさわさわと話題にしていたけれど、その中で静かに私を見ている人に気がついて心の中でため息を吐いた。

 

(セイフォート嬢は彼女に言われてやったのかしら。考えすぎかしら。でもなんにせよ、面倒だわ)


 それはキリアンの応援に熱を入れていたと噂の高位貴族家のご令嬢で、決して直接的に私と話そうとはしないのに……出会えば不躾な視線を向けてくるばかりの人だったから。

 私が社交を鬱陶しく思ったのは、そういう点でもあった。


「フィリア!」


「……キリアン」


「すみません、仕事が長引いて」


 周囲の視線に思わずため息を零してお茶のおかわりでも注文しようかと思ったところで、キリアンがやっと来てくれた。

 そのことにホッと安堵を覚えたけれど、周囲の目が痛いなとも同時に思ってなんともならないこの気持ちに私は苦笑を零すしかできなかった。

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