第20話 発想の転換は大事

 お飾りの妻!

 確かに愛情がないなら、それもあり得る?


 いいえ、キリアンは『結婚する』って言っていたし、あの夜も『結婚したら』とか言っていたのだから私と子供を作るつもりではあるのだと思う。

 それだといわゆるお飾りとは違う気も……って違う!


「セイフォート嬢。私は注意をいたしました」


 周囲の目がある。

 今は考えている場合じゃない。


 私の対応一つで、貴族としてのアシュリー家の立場が。

 そして、婚約者としてキリアンの立場が悪くなるのだ。

 言われっぱなしの娘が、婚約者が……なんて後々言われるかもしれないことを考えるとショックを受けている場合じゃないわ!


「アシュリー家の人間として正式に苦情を……」


「当然、ウィッドウック家からも苦情を入れさせていただく」


「……キリアン?」


 私の言葉に被せるように、厳しい声が重なった。

 そして私の肩を抱くようにして引き寄せたのは、それはまあ婚約者であるキリアンで当然と言えば当然。

 他の人であるはずがない。


 ……とわかっているのに、まるで現実味がないのはどうしてかしら。


 思わず言葉を失って目を瞬かせてしまったけれど、彼は不快そうにセイフォート嬢を睨み付けているではないか。


「俺の婚約者に対し無礼を働いた件、忘れない。女子供だからといって許されると思わないことだ」


「ひ、ひどい……だって! だって! キリアン様はその人と見せかけだけの関係なんでしょう!? その人がいるから自由になれないんだって聞いて、わたし、わたし……!!」


「話にならない」


 まるで吐き捨てるような言い方をするキリアンは、私の肩をぐっと痛くないけれど力強く掴んだまま、私を連れて歩き出す。


「えっ、キリアン……」


「行こう。あんなおかしな人間を相手にしていては時間がもったいない」


「でも……」


「待って、待ってよキリアン様! わたし……!!」


 追い縋る声が聞こえたけれど、キリアンは決して私が振り返ることは許さなかった。

 すれ違った劇場の警備が取り押さえに入ったのか、それとも他の誰かがいたのか……それはわからないけれど。


 なんだか、私が悪いことをしたみたいで……良い気分では、なかった。


(……これまでの私の行いが、彼にこの婚約を強いたと周りに思わせたのかしら)


 だとしたら、私も改めなければ。

 ただただ距離を取るだけでもいけないなと気づかされてしまった。


 そこで今は手元に紙がないから、頭の中にしっかりと刻み込む。

 そう、彼のためにできることリスト、だ。


 六つ目。

 婚約者との仲は問題なく、両家共に良い関係を築いていると周囲に示す。


 これだ!!


(これまでは自分たちだけが上手くやっていればいいと思っていたけれど、それじゃだめね!!)


 私の甘かったわ!

 適度に距離を保ちつつ、周囲に心配されない程度に二人で社交場でなくてもいいからこうして出かける時間は必要なんだわ!!


 これについてもキリアンの意向を確認してからが大事ね……。

 何せ彼は騎士だもの。

 忙しくて時には急な出撃だってあり得るのだから、毎週何曜日の何時なんて約束はできないわ。


 かといってじゃあ空いた時にってなればこれまでと同じ。負担をかけてしまう。

 お茶会が最たる例ね!

 しかも我が家に招いてだったから、他の誰かが知るはずもないし……悪手だったんだわ、本当に。


 外で、しかも短時間。

 仲が良いように見られるには、どうしたらいいのかしら?


(そうだわ、時々でいいからお弁当を差し入れさせてもらってはどうかしら。キリアンのお母様から習ったパンで作ってみたとかそんな理由をつければ、ウィッドウック家とも仲良くやっていると周囲に匂わせることもできるでしょうし……)


 うん、我ながらいいアイデアね!

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