第3話 逃げてばかりの弱虫な私

 その現実に気がついてしまった……というか、前々から気づいていたけれど、知らない振りを続けていた私はとうとうこの問題から目を逸らすべきではないと覚悟を決めることにした。

 とはいえ、貴族の婚約は家の問題であって、相手が騎士爵だからと簡単に『当人にその気がなくなったから』で解消できる問題ではない。

 

 特に私は先日の一件で巻き込まれた側とはいえ、妙な薬を飲まされたことは……いくら箝口令を敷こうとも人の口に戸は立てられないから地味に知られているはずだ。

 その際、私を連れ出したのが婚約者であるキリアンだから好意的に見られているだけで。


(それが解消になんてなったら……)


 きっと噂好きのご令嬢たちにとったら格好の餌食でしょうね!

 それだけは避けたい。


 家族とキリアンの名誉を守りたいもの。

 ……私は、自分勝手にキリアンの傍にいたいからって目を背けすぎて自業自得だからしょうがないとしても。


(本来なら、彼が言うように節度を保った距離を貫いて……結婚後は二人ほど子供を儲ければ、きっと周囲だって納得してくれるわよね?)


 キリアンにはとても申し訳ないけれど、彼には愛してもいない小娘とこのまま結婚してもらうしかないんだわ。

 そしてその事実を受け止めて、彼を最大限尊重すると約束しなくてはならない。

 私にできるのは、妻という名のビジネスパートナーであるべきなのよ。


 ……そうあるべき、なのよね。


「お嬢様?」


「なあに? ナナネラ」


「……最近、キリアン様にお手紙を書かれていないようですがよろしいのですか?」


「え? あ、ああ……そうね。ほら、キリアンも先日騎士爵を授かってから随分と忙しそうだし、出世して城内でも声をかけられることが増えたってお父様も仰っていたでしょう? だから、今は私も卒業に向けてあれこれ忙しいし……」


「お嬢様……」


「う……」


 ナナネラは、私の専属侍女だ。でも乳母の娘なので、私にとっては家族も同然。

 乳母は元々お母様の侍女で、お兄様と私の乳母を務めてくれて今もお母様の侍女として仕えてくれている。


 乳母には息子と娘が一人ずつ、我が家も息子と娘が一人ずつ。

 仕えさせるにはちょうどいいと言って傍につけてくれた。

 いつだって私の悩みや相談ができる大切なナナネラには、私の虚栄心なんてお見通しなんだろう。


「……あのね、前からわかってはいたんだけど」


「はい、お嬢様」


「キリアンは私のことなんて、本当にただ言われるがまま婚約しただけの相手でしかないんだなあって思い知って……今までやっていたことって、迷惑だったんじゃないかなって考えちゃって」


 そうなのだ。

 これまで茶会のお誘いを私が送って、キリアンはそれに合わせて休みを取ってくれていた。

 どこかに出かける時もそう。


 つまり、貴重な休みを私の都合で無駄にさせていたんじゃないかって。

 キリアンからしたら、婚約者への義務だもの。断れるはずがない。


「お休みは自由に過ごしたいでしょうし……いつもお茶会だって、私ばかり喋っていたでしょう?」


「それは……そう、かもしれませんが。キリアン様は寡黙な御方のようですから、お嬢様の話す内容を楽しんでくださっているかもしれませんよ」


「……そうだったら嬉しいわ」


 頻繁ではなかったけれど、私が誘うからキリアンは応じてくれていた。

 そうしなかったら彼からはまるで連絡がないのだと実感すると、これまでの自分の行動が情けなくて惨めで、心が重くなる。


「……結婚は、しなくちゃならないでしょ? だからね、せめてキリアンの邪魔にならないようにしたいなと思って……さすがにまるで交流を図らないとなると家族にも心配をかけちゃうだろうから、ひと月かふた月に一度はお誘いしようと思っているの」


「お嬢様、一度キリアン様に確認されては……」


「それにこの間の件もあって……顔を合わせづらいから」


「……」


 友人と出かけたパーティーに、侍女は連れて行けなかった。

 そのせいで私が酷い目に遭ったのだとナナネラは酷く落ち込んでいたこともあって、私の言葉に何も言えないようだ。


 それがわかっていて私もあえてこの話題を出したのだから、ずるいと自覚している。

 それでも……本当は逃げてばかりいちゃダメだってわかっていても、もう少しだけ覚悟を決める時間が欲しいのだ。


(弱虫だとは自覚しているわ)


 キリアンと、向き合わなければ。

 彼の人生を、無駄にしないためにも。

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