第2話 名前を呼ばれない惨めな私
とあるパーティーに参加した夜。
私はそこで飲んだことのないお酒を勧められるままに口にして、酔ってしまった。
当日どうしても外せない用事があるというキリアンは遅れてパーティーに来たから、私はその日同性の友人と共にいたのだ。
そしてその友人の婚約者……のそのまた友人という希薄な関係の方に勧められるままに断り切れず酒を口にし、危うくどこぞの休憩室に連れ込まれそうになってしまった。
幸いにもそうなる前に私の友人とキリアンが私を見つけて救い出してくれたけれど……。
この件が発端となって友人は婚約者とひどい大げんかになってしまったというから、申し訳ない気持ちで一杯だ。
とはいえ、友人の婚約者はまったくもっての無実で、彼の友人を名乗る人物は随分と素行が悪く最近では付き合いも殆どなかったというから彼が悪いとは思わない。
それよりも、問題はその後だった。
すっかり悪酔いしてしまった私は――キリアンははっきり
キスをしてくれ、触れてくれ……この燻る熱から救い出してくれと訴えた記憶が、おぼろげながら存在する。
(あの時の私はどうかしていた。だから『これは酒の席の過ち』だったと言われても、仕方ないこと……)
婚約者同士なのだから、笑って『仕方ない』で済ませられる範疇の。
だけれど、あの日のことは私の心に傷をつけた。
いいえ、私の心なんてどうでもいいの。
自分の失態だもの、甘んじて受け入れるべきで、反省すべきで、嘆かわしいといっそ叱責を受けた方がいいと思うもの。
そうじゃなくて、私よりもキリアンを傷つけた。
そう思っている。
いつだってキリアンを求めるのは、私だった。
好きだと口にしたのも。
―― 彼は『嬉しい』と言ってくれた。でも、同じ言葉は返してくれなかった。
手を繋いで欲しいといったのも。
―― 彼はすぐに繋いでくれた。ハンカチを載せて、だったけれど。
抱きしめて欲しいと強請った時も。
―― 躊躇いながら私を受け止めてくれたあの腕が、私の背に回っただけなことに気づいていて知らないふりをしたっけ。
そして、薬のせいで熱に浮かされた私に触れた時、最後までと願った。
でもそれは叶わなかったけれど。
『アシュリー嬢。今の貴女は正気じゃない。……そう遠くないうちに婚姻をすれば、いやでも触れる。だから……』
冷静な、拒絶の言葉。
婚姻をしてから。結婚をする気はあるのだと、示されて。
私だけが熱に浮かされる中、彼の眼差しはいつもと変わらない静かな――冷静そのものだった。
薬の熱はあった。
発散されたおかげで、その時幾分か冷静になったのも確かだ。
だからこそ、彼の目になんの熱情もなかったことに、愕然としてしまった。
『俺は貴女の婚約者だ。……薬での過ちで、そのようなことをするのは、よくない』
いつもだったら嬉しいはずのその言葉に、まだ少しだけ冷静さを残していた自分が、とても情けなくて悲しかった。
ずっと婚約をしていて、何もかも私が望むから叶えてきてくれた人。
その誠実さと真摯さに感謝こそすれ、腹立たしいなんて思わない。
(だけど……だけど、それは
本当はわかっていたのだ。
ずっと前からわかっていた。
それでもいつか、この婚約の間に彼と心の距離を縮められたらと……そう信じていたけれど。
キリアンにとって私はいつまでもアシュリー家のお嬢様でしかないのだと、改めて感じてしまったのだ。
名前も呼ばれず。
求められもしない。
それが私。
……なんて惨めなのかしら。
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