脅威

 端末の側にいる害虫。そいつを排除する為、私は単鰭ヒレに力を入れた。その時だった。


「……ん、何だ!?」


 魚達ごと私を包み込む様に、泡粒の壁が迫り上がって来たのだ。嫌な予感に駆られた私は、害虫を一旦無視して下方を見た。そこには、大きな口を開けて迫る巨大な海獣の群れがいたのだ。


「うおおおっ!?」


 迫る海獣を避ける。奴等は私ではなく魚に用があるのか、私を追うことはなかった。ならば問題ないと海獣を避け泡粒の壁を越えようとしたその時だった。

 エラからヨクトマシンの塊を咥えた小魚が零れ落ちたのだ。途端、先程まで慌てていた小魚達が再び私を中心に集まり出し、それを狙って大中の魚達も捕食者として集ってくる。


「クソッまた振り出しかッ!」


 この時、私は自身に纏わりつく魚達に気を取られ、泡粒の壁が厚くなっている事に気付かなかった。そして、奴が現れた。


「クオォォォオォォーーーーン!」

「グアアアッーーーー!?!?!?」


 纏わりつく魚達ごと私は何かに咥えられたのだ。突き上げられる様な衝撃に思わず意識が奪われる。見れば、そいつはひたすらに巨大な海獣だった。牙を持たず、海水ごと獲物を丸呑みにし、髭げ濾して捕食する、私に危害を加えられない生き物ザトウクジラだ。


「ええい、離せ!!」


 爪を立てようと腕を伸ばせば、こいつも身の危険を理解してか口を開ける。私はその隙に脱出したのであった。




 ■




「クソッ……見失ったか……」


 巨大な海獣から離れた私は、害虫を排除するため元の場所まで戻った。しかし、そこに奴の姿は無く、小魚一匹と居ない静寂が広がっていたのだ。

 端末と害虫を見失ったと分かった私に、酷い疲労が襲い掛かる。しかし、今までの行動を思い出せばこの疲労も理解できる。


 少し無理して次元に穴を開け、未知の星に来て大人気なく海面を跳ね、そこで害虫を目にして精神にダメージを負い。端末を落とした事に気付き焦り、四方八方を泳ぎ回り、そこで次元の穴を開けっ放しだと気付いて更に焦り、急いで穴を閉めに行った。

 それから何度も怒りに吠え、何度も生成生物に攻撃を受け続け、何度も本気で技を放った。


「クソッ……私も年か……」


 なかなか落ち着かない呼吸に、自身が老いている事を実感させられる。確かに私は人で言う所の四六歳五六万歳だが、まだまだ現役のはずだ。


 少し落ち込みながら、私は端末の向うであろう深海へと泳いでいると、遥か前方から海獣のソナー音が内耳を打った。


「む、これは……」


 苦手意識の湧いた海獣の群れが居る。その事に憂鬱になっていると、眼前に白い塵が流れて来た。見ると、それはヨクトマシンの粒だった。

 ヨクトマシンの粒、前方から流れて来た。そこには海獣の群れが居る。──奴が居る!


「……ッ! 見付けたぞ!!」


 疲れに苛まれる身体にヒレを打ち加速。そしてそこには、海獣にヨクトマシンを与えている害虫を見付けた。側には端末と、何やら小さな生成生物がいる。だが今はッ! 害虫の排除が最優先ッ!!


 海獣が警告音を出しているが、害虫はそれに気付いていない。このまま奴を排除し、端末を取り返す。そうして加速すると、害虫と目が合った。


「気色悪いものを向けるなッ!」


 何故か動きを止めて流れて来た害虫を潰そうとしたその時だった。害虫は端末に手を伸ばして助けを求めているようだが、そんな害虫ごと端末が海獣に食われてしまった。


「何をッ!?」


 驚き加速が止まる。害虫と端末を食った海獣を見れば、その大きさを見るに子供。恐らく好奇心か、あり得ない考えだが害虫か端末を守ろうとしているのだろうか。

 しかしそんな事は関係無い。海獣を殺し、害虫を潰し、端末を取り返す。私は子供の海獣に手を伸ばした。

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