真相開示編

第九銀河 二〇番惑星VOLDAR 暗黒海域在住 独身貴族ヴォズマーの何てことはなかった一日

 ──オギャギャギャギャ! オギャギャギャギャ! オギャッ────!?


「……ハァ~~~~……」


 目覚まし時計デメニギスのアラームが鳴る。それを止めるため、下顎の後ろに生える手鰭てびれを伸ばして掴み取り、怒りに任せて握り潰す。あまりの喧しさにヒレが逆立つが、今日はその音が心地好く聞こえ……いや、無いな。後で音量の静かなやつに買い換えておこう。


『マスターの起床を確認しました。現在時刻は──』


 私が起床したことを感知したのか、磨かれた白い石で組み上げられた寝室に灯りが点る。家に設定されたAIハウスサポーターが読み上げる時報や、今日のを聞きながら、六つの目を開閉させて身体の調子を確かめる。予定の時刻に余裕はある事を確認しながら各種の鰭を動かせば、揺ったりと身体が動き出す。 今日も快調だ。


 そのままボヤけた視界を手鰭で撫で擦りながら身体を動かし、洗体所へ泳ぐ。寝室とは違う玉砂利の敷き詰められたその場所で浮力を調整すると、壁に設置された装置から小海老型のロボットが出て来て、身体に纏わり付き洗体を始める。未だにこのくすぐったさには慣れないが、洗体後に来る清涼感は喜ばしいものだ。


 ふと、全身を写す鏡が目に入る。そこには些か表皮に皺の増えた自分自身の姿があった。私ももういい歳である。親戚一同には番を作れと見合いだの偶然を装った出会いなど節介を焼かれるが、放って置いて欲しい。私は今の真なる独身貴族生活を楽しんでいるのだから。


「ハー……さて、今日の予定は何だったか……」


 気分を変えようと呟けば、ハウスサポーターが今日の予定を読み上げる。


『本日の予定を報告。午前──にて、新型端末の受け取りにBOILPASへ。その後、VAIFONへ予約していたエルセラリウムを受け取りに向かう。以上です』


 ……そうだ、今日は待ちに待った私専用の新しい端末を受け取る日だった。資産に物を言わせてありったけの機能を盛り込み、デザインから音声、本体を包むカバーまで指定した特注品。その受け渡しの日が今日だ。


「クククッ──おっと」


 思わず顎に力が入いり、小海老型の洗体ロボットを噛み潰してしまった。不快な歯触りに気分が下がる。……まあ、良い。歯に引っ掛かったパーツを吐き捨て、小海老達を振り払う。やはり洗体機は魚型の方が良かったか? あれは波が煩いから好かんのだが……。


 洗体を終えてリビングへ向かえば、台座の上に食事が用意されている。今日は特に指定していなかったが、何があるやら。


「……まあ、そうなるな……」


 見ればこの星特有の星民食であるSOOLEが並べられていた。一飲みサイズのカプセルに詰められた各種栄養素の塊。その名に似つかわしくない魂の無い食事に溜め息泡粒を吹きながら、一つ一つ飲み込んで行く。やはり面倒でもメニューを指定するべきだったな。それかテンプレートを好みの物にしておくか。


「おい、ニュースを開け」

「──はい」


 側を泳ぐ端末を呼び出し、昨今のニュースを表示させる。四つの目でニュースを見ながら、残りの目で古い端末を確認する。機種変換を面倒臭がり時が過ぎ、その結果が端末の老朽化を招いた。その所為か命令への返事も遅く動きも悪い、ヨクトマシンの操作も覚束無い。 デザインも古臭く、思春期の子供ガキが好むようなデザインだ。……それは、まあ……過去の自分の好みだから仕方がないのだが……。


「何でこんなのが好きだったんだか……」

「──……」


 人形巫女モデルのボディに真紅の長い波打つ毛、装飾過多の深紅のドレスヒラヒラ付きの赤いカバー光を過剰に反射するスパンコール状の鱗を持つ魚の半身が、泳ぎ辛そうに長い尾びれを振っている。そんな旧式の端末から目をニュースへと向ける。


「……感情成長アプリか」

「──……ッ!」

「おい、動くな」

「──はい……」


 見れば、感情成長アプリを入れた端末が何やら不安定な行動を取るようだとか。旧式の端末にも、今日受け取る最新機種にも入れているアプリだが、旧式の端末には異常が見られない。特定の機種だけに起こるバグだろう。そのニュースを消し、他のニュースに目を向ける。


 目についたのは、今日受け取りに行くエルセラリウムにも使われている異空間拡張編集機器の規制に関するニュースだった。過去起きた誘拐監禁事件の所為で、所有や生産そのものに規制を掛けようとする動きが激しくなっているようだ。


「また規制か、規制などせず厳罰化すれば良いものを……アホ共め」


 ニュースに愚痴を破棄ながら、次のニュースへ。


「……論外だったな」


 それは、端末が行方不明になると言う、ちゃんと管理しとけよと言って済むようなものだった。下らないニュースに呆れていると。ハウスサポーターから出掛けるに良い時間と知らされた。


「よし、行くか」


 旧式の端末の下顎のポケットにしまい、外へ出た。

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