勝利と余韻

 作戦を実行する為、流児はガザミにある存在を呼んでもらった。


「ギー!」

「よう、悪いね食事中に」

「ピー、ピュイー!」


 それは、流児と追いかけっこをした子イルカだった。流児は子イルカに自身の作戦を伝える。それは、作戦の手伝いに必要な大型のイルカを呼んでほしいと言うものだった。子イルカはそれを了承すると、一匹のイルカを呼び出した。


「ギー?」

「ピー、ピュイー!」

「ピュイ!」

「いけるか? よし、頼んだぞ!」


 イルカは話を聞くと、それを了承。流児をその背に乗せると、ヴォズマーの真上へと流児達を連れて行く。


 イルカの身体で怪物から視線を切りながら、ベイト・ボールを狙っている風な動きで油断を誘い、ヴォズマーへと近付いて行く流児達。


「■■■■……」

「ッ……」

「……■■■■ーーーー!!」


 時折ヴォズマーが警戒の目を向けてくるが、突撃してこないと分かると意識をそらし、自身に纏わりつく魚達を薙ぎ払いにかかる。


 そうやって静かに動き、流児達は問題無くヴォズマーの真上へと到着した。


「……そら、餌の時間だぞ……!」


 言うと、流児は餌袋を逆さまにして、砕かれた餌を撒き始めた。大小様々な大きさの餌が、まるでマリンスノーの様に怪物へと舞い落ちる。


「■■■■……?」


 自身に降りかかる餌にヴォズマーは困惑していると、その餌の匂いに惹かれたのか、最初にベイト・ボールを形成する小魚達が集まり出した。


「■■……!? ■■■■ーーーー!!」


 鬱陶しそう腕を振るうヴォズマーだったが、やがて他の魚達も集合。表皮に付いた餌を食べようと小魚が這い回り、その小魚や大きめの餌を狙って大型魚が突撃する。その数と勢いに、ヴォズマーは翻弄されているようだ。


「良し、作戦は成功! ありがとな!」

「ピュイ!」

「──安全度上昇。移動再開」

「……!」


 翻弄されているヴォズマーから離れ、本来の目的地へと進む流児達。その時ふと、流児は何気無くヴォズマーを見た。


「マズ──」

「■■■■ーーーー!!!!」


 轟くヴォズマーの咆哮。その身体の赤い光が強まると、周囲に破壊の光弾がバラまかれる。その光弾に当たり、ベイト・ボールやそれを狙う魚達が粉々になって行く。そして海底へと沈むその肉片を、無数の泡粒が包み込んだ。


「に、逃げ──ん?」

「……!!」

「大型哺乳類接近中。退避開始」


 流児を引っ張り退避を開始するシエラ。それを見てヴォズマーが加速しようとした。その時だった。ヴォズマーをベイト・ボールごと泡の壁が包むと、海底から巨大な海洋生物──ザトウクジラの群れが現れたのだ。


「クオォォォオォォーーーーン!」

「■■■■ーーーー!?!?!?」


 そして一番大きなザトウクジラが、知ってか知らずベイト・ボールごとヴォズマーを飲み込もうとしたのだ。

 勢いそのままに海面へと連れて行かれるヴォズマー。流児達は、それを呆然と見ていた。


「……おおー……助かったのか……」


 次々と現れるザトウクジラの群れを眺めていると、ヴォズマーやザトウクジラから逃げていたのか、子イルカ達が現れた。


「おお、無事だったか」

「ピュイィー。ピュイィ!」

「何、乗せてってくれるのか?」

「ピュイッピュイッ!」


 子イルカと並泳していると、何やら背中を向けてアピールしてくる。

 それに対し、通じるかは一先ず置いておき、思い付いたことを聞いてみる。すると、イルカはどこで覚えたのか頷いて流児の発言を肯定した様に見えた。


「ありがとう、助かるよ」

「ピュイー!」


 そして、流児達はイルカの背鰭を掴み、海流の先へと泳いで行くのであった。







「ここが終点か?」

「ピー!」

「そうか、ありがとな。ほら御礼だ」

「ピュァー!」


 送迎の御礼に、子イルカの群れに餌を上げる。

 そして子イルカ群れと別れて到着したのは、何処か冷たい雰囲気の漂う海だった。


「随分と冷たい……ん、あれは……」


 薄暗く冷たい海に驚く流児。周囲を確認すると、不意に影に覆われる。

 上を見ると、光を遮る白い塊が見えた。


「あれは……流氷か……そうか、ここは北極か南極の海か」


 流氷に覆われた、星の極圏。

 流児がたどり着いたのは、そんな厳しい海だった。


「……怖いな……」


 雲とは違う、質量のある白。空とは違う、冷たいあお

 全てを拒絶するような寒気の走る光景に、流児はふと恐れを溢した。


「──大丈夫です」

「……!」


 しかし、そんな流児の手をシエラが強く握り、ガザミがハサミを掲げて鼓舞する。


「……そうだね、行こう」


 ここが何処だとしても大丈夫と、シエラの微笑みとシャカシャカ動くガザミを見て安心する流児。

 そうして、シエラの手を握り返し、一人と一匹に微笑み返す。


(そうだ、何も脅える必要はない。俺にはシエラと、ガザミがいるからな……)


 そうして払拭された恐怖を胸に、流児はシエラに手を引かれるままに先へと泳ぎ出した。


 暫く冷たい海を泳いでいると、視界に雪のような白い何かがちらつきはじめる。


「なんだこれ……」

「……!」

「お、ナイスキャッチ! ……成る程、オキアミか」


 流児達の周囲をピョコピョコと泳ぐそれを、ガザミがハサミで捕まえる。その正体は、ナンキョクオキアミだった。


「……!」

「ん? ……ああ、これね。はい」

「……!」

 

 オキアミを捕まえたガザミは、何かを求めるように流児にハサミでアピールしている。何となく何を求めているか察した流児は、腰に着けていた餌袋からガザミサイズの団子を取り出すと、それを与えた。


 すると、餌の臭いに釣られたかオキアミを求めてか。見たこともない魚が現れ、その魚を狙って極海に棲む生き物も現れた。


「あれは……イッカク! はじめてみたな……!」


 極海の魚達がオキアミを貪り、油断したところをイッカクの角で殴られ気絶。補食される。


「ああやって餌を取るのか……」

「──餌やりをしますか?」


 イッカクの補食を眺めていると、シエラが餌袋を指差し首をかしげて聞いてきた。


「え? ……いや、大丈夫だ」


 本当は餌やりをしたいと思っている流児だったが、自身のやりたい事をするために、ここに来るまでに何度も足を止めている。

 これ以上迷惑をかけるのはいけないと自制して答えたが、シエラは何かを待っている様子のオキアミや魚、イッカクに向けて指差し、最後に餌袋を指した。

 シエラは言外に許可を出している様だった。それに甘えて、流児は餌袋を手に取る。


「……ごめん、餌やり……して良い?」

「──はい、どうぞ」

「ありがとう。それじゃあ、楽しませてもらうね」


 そう言うと、流児は餌袋を左手に持ち変えて餌やりを楽しみだした。

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