第7幕 ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれ

第27話 辛い時こそ不敵に笑え

 ナギヨシは長い階段を登っていた。目指す場所は天逆神社。

 普段ならそれなりに参拝客がいるものの、ロックダウンされた今、人気は全くない。


「奴もシチュエーションってやらに拘るらしいな」

 

 ジクジクと嫌な痛みを発し続ける肉体に刻まれた赤黒い斑点。それを庇いながら、ナギヨシは踏み締める様に1段、また1段と階段を登る。


「ミコちゃんと一緒になってる気分だぜェ」


 その痛みは彼にとって心地好く、最愛の人と同じ苦しみを与えられていることに興奮さえ覚える。

 何よりも、もう少しでミコトと同じ場所に逝ける。その想いが余計にナギヨシの気分を高めていた。


 最後の1段を登りきると、そこには律儀に待つカグツチの姿があった。


「随分と遅かったな。雨の日は古傷がやたら痛むんだ。これ以上待たされたら流石に困っていたよ」

「随分弱気じゃねぇかよ。俺のは今傷だコノヤロー。現在進行形でジクジクしてんだ」


 ナギヨシは鈍い咳をする。その度に口の中が鉄臭い血で満たされた。

 臓器を蝕むウィルスによる吐血。ナギヨシは自分の命があと僅かなことを悟っていた。

 

「そのウィルスは、お前の女に施術したあの頃よりも進化している。進行速度は何倍にもなった。立っていられるのが不思議だよ」

「そいつはありがてー。俺ァ、早くミコちゃんに会いてぇんだ」

「強がりか?俺はこの町の住人半数の命を握ってるんだぞ?」

「俺ァな、惚れ込んだ女の仇取りに来たんだ。他の奴らなんざ知ったこっちゃねーんだよ」

「『英雄』の言葉とは思えない自己中心的な考えだ。人質という単語を辞書で調べてきた方がいい」


 2人の押し問答に解は無い。いや、問答にすらなっていない。ただの自己主張をぶつけ合う殴り合いだ。

 無意味かつ不毛なやり取り。そうのだ。


「クククッ……」

「フフフッ……」

『アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!』


 ――――だから両者は笑った。その目に、その身体に、その心に狂気を宿しながら。


 そしてナギヨシの指輪が光った。

 形状記憶合金オモイカネは、迅速且つ最適に相手を殺す細身の刀剣へとその姿を変える。

 ナギヨシは、既にカグツチの首元に狙い、刺突を放っていた。

 

「始めての共同作業だぜぃ!」

「勘弁しろよ。男と寝る趣味は無い」

「死んだ婚約者に言ってんだよ。自意識過剰かぁ?」


 カグツチは既のところで切っ先を避ける。そして得意のカウンターを狙う。

 しかし、突きを中心とした連撃は非常に隙が小さく、割り込むことは非常に困難だ。

 気が付けば細かく皮膚は抉れ、カグツチは一方的に血を流すサンドバッグと化していた。


「お得意の爛れた拳はどーしたァ?」

「なに、かすり傷だ。大したことはない。それに、お前をまともに相手して勝てるとは端から思っていないさ」

「安い捨て台詞だな。まだ吐く余裕はあるか?」


 指輪はまた姿を変える。次は切断に特化した幅広の刀身だ。

 ナギヨシは自信の速度がカグツチより勝ると判断し、より致命傷を与える戦術へ移行した。

 フェイントに次ぐ、フェイント。だが、カグツチも易々と釣られはしない。

 攻撃の意志を感じ取り、的確に対応する。


「オラァ!」


 ナギヨシはここぞとばかりに懐に狙い定め、本命の攻撃を放った。それはあまりにも研ぎ澄まされた一撃。ナギヨシの脳には、脇腹から腸をぶちまけるカグツチの姿が目に浮かんでいた。

 だからこそ、その一撃は読まれてしまった。


「なにィ!?」


 カグツチはナギヨシの腕をがっしりと掴んだのだ。ナギヨシは即座に、手を振り解こうと行動するも、万力の様に固く締め上げられ、ピクリとも動かない。


「ガァァァァ!?」

「どうだ?皮膚が焦げる様に痛いだろう?このまま掴み続ければ、お前の腕は腐り落ちるぞ……!」

「ふざけっ……んじゃねぇぞ!!」


 またも指輪は変化する。ナギヨシの防衛本能を感じとり、鋭い棘となったオモイカネはハリネズミの逆立つ毛並みの様に、カグツチの腕に大きな穴を開けた。


「ざまぁ見やがれ……!あとは片腕だけだァ」

「本当にそう見えるか?」


 カグツチは腕をこれみよがしに見せつけてくる。

 大きく空いた風穴は、向こう側の景色をまじまじと映した。

 だが、その穴はじわりじわりとまるで別の生き物の様に塞がっていく。


「オイオイオイ、テメー変な果実でも食ったのか?」

「不思議だろう?だがこれが現実だ」

「テメーが人であることを願ってんだけど……どうやらそうじゃなさそうだな」


 気が付けばカグツチの腕は完全に修復していた。それは傷口などは見当たらなかった。しかし、今なお爛れたままである。

 言うなればコピー&ペースト。「カグツチの腕」というテクスチャーをそっくりそのまま貼り付けた様な再現性だった。


「『機蝗きこう』。こいつは俺の開発した生体ナノマシンだ。俺の身体の8割は、この超微細なナノマシンで構成されている。当然ウィルス正体もこのナノマシン。コイツらは俺が触れた箇所から侵入し、巣を作るように人の細胞を食い荒らす。本来は医者として癌細胞を食い潰すために作ったんだが……今の俺に人道的意識など無い。悪性だろうが、良性だろうが何でも食っちまう。……まさにイナゴの名に相応しいだろう?」


 生体ナノマシンにその身を捧げた男。それがカグツチの正体だった。ナノマシンが群を成し、1個体を形成。それを脳で自由に支配するその様はもはや人外だった。


「ナギヨシ、お前の攻撃はナノマシンを数百潰したに過ぎない。俺の身体を造る超単位の機蝗にとっては、爪切り程度にしかならないんだよッ!!」

「……」

「どうしたぁ?言葉も出ないかぁ?それもそうだよなぁ!!お前の身体の細胞はかなり喰われてる!常に身体を蝕む痛みに声なんざ出るはずもないんだ!!」


 ナギヨシは目にも止まらぬスピードでカグツチに接近した。予備動作の無い動きに、カグツチの身体を構成する機蝗でさえ反応が遅れる。

 機械をも騙すその速度は、機蝗の修復機能と警戒態勢をコンマ数秒ばかり無効にした。


 ――――刹那一閃。

 ナギヨシの手に握られていたのは、長い柄を持つ薙刀だった。にも関わらず、振り抜く速度は達人の居合切りにも勝っていた。

 薙刀の振り下ろされる重さ。それを振り抜くナギヨシの速度。

 2つの相互作用により生み出された神速の太刀筋は、カグツチの片腕を壊死きりおとした。


「なんッ……だとッ……!?」


 カグツチが自身の腕を失ったことに気付いたのは、その1秒後だった。

 戦いにおいての1秒とは余りにも長く、無限の様な物である。

 つまりカグツチは、無限を体感した後に己の欠損を認識したのだ。


「なんだビビらせやがって。最初に言ってくれよ。殺せんじゃねーか」


 ナギヨシの身体は未だ機蝗が暴れ回っている。激痛が肉体を襲っている。終わることの苦痛の波が延々と続いている。悶絶し、絶望に叫び、憎悪し、滅んでしまいたい。悲愴的な思考しか生み出す事の出来ない、まさに地獄の責め苦にあっているのだ。

 だが、それでも、この復讐者は、この平坂ナギヨシという男は……不敵に笑ったのだった。

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