第24話 おれの怒りが有頂天

 ナギヨシは己の血管が焼き切れる程の血液の沸騰を感じる。グツグツと煮立つ血流は、ナギヨシの体温を上昇させ、その周囲すらも揺らめかせた。

 業火の如く燃え広がり、焦がすその感情の名は怒り。

 彼の脳がそれを理解し、自覚するよりも速く、肉体は目の前の仇を燃やし尽くさんと飛びかかった。


「グルゥァアゥァッ!!」

「おお……これが英雄様の本性か。随分と獣じみた姿だなぁ!!」


 カグツチは直情的かつ直線的な蹴りをヒラリと躱した。

 当然ナギヨシは止まらない。数打てば当たるを体現する猛攻はじわりじわりと、カグツチの逃げ場を削いでいく。

 退路の無い部屋の隅は、言うなればボクシングリングのコーナー。そこへ追い詰められたカグツチを待つのは、激情に身を任せたナギヨシの乱打の嵐。

 超高速の連撃は、一つ一つの拳にカグツチの息の根を止める覚悟が乗っていた。

 

「本能のままに怒り、殺意を込めて殴る。大層素晴らしい」


 しかしカグツチには届くことはなかった。

 彼は全ての攻撃の着打点が分かるのか、蛇の如く滑らかな動きで捌き切る。

 ぬるりぬるりと、カグツチは攻撃を避けながら前に歩みを進める。

 追い詰めているはずのナギヨシが、気が付けば部屋の中央に押し戻されていた。


「直情的な攻撃は点の攻撃……見切ることは容易いッ!!」


 ナギヨシの攻撃が空を切ったその直後、カグツチが遂に攻撃に転じた。

 大きく隙を見せた胴に目掛け、強烈な掌底を見舞ったのだ。防御の意識外を狙った鳩尾みぞおちを穿つ強烈な一撃。その衝撃を逃がす術は無い。

 体内に浸透する波動は、ナギヨシの臓腑を瞬く間に刺激した。

 全身を駆け抜ける痛み。そして脳を混濁させる強烈な不快感によって、ナギヨシは血の混じった赤黒い吐瀉物を地面に撒き散らした。

 ナギヨシは身体に力が入らず、膝を着いてしまう。だが身体は動かずとも、その瞳だけは業火の炎を滾らせていた。


「ハァー、ハァー……!身体が痛ェ……痛ェけどちょっと冷静になれたぜ。テメー……異人類じゃないな?『英雄』だなんて気に食わねぇ呼び方するのはのヤツらだけだ」


 ナギヨシは異排聖戦の苦い過去を思い出し、推理した。

 功績を讃えられ与えられた皮肉めいた『英雄』という肩書き。あの惨い行為に対し、そう命名できるのは勝者だけしかない。

 導き出した答えは、案の定正解していた。


「ご名答。俺はお前の戦友だ」

「ぬかせ。テメーと友達になった覚えはねーよ。ちょっと待ってろ、すぐぶっ殺してやる」

「かの英雄様にこうも殺意を向けられるとは何とも光栄だな。だがお前だけが殺意を持っていると思うなよ」

「……ア゙ァ?」

「平坂ナギヨシ。俺も


 天逆町全てを巻き込んだこの男の目的。それはナギヨシへの復讐だった。

 一個人に対する復讐としてはあまりにも大掛かり行動は、カグツチの思考が既に狂気に呑まれていることを証明していた。


 「お前の幸福は既に奪った。後はお前を惨たらしく殺すだけだ。潔く、復讐の贄となれェェェ!!」


 禍々しく爛れた腕が、ナギヨシの命を奪わんと襲いかかる。未だ呼吸さえ整わないナギヨシに、それを避ける術は無かった。


「それ以上はさせないッ!」

「何っ!?」


 だが、そこに割って入る者がいた。

 ここまでと思われたナギヨシの生を繋ぎ止めたのはニィナだった。

 彼女の渾身の蹴り上げは、カグツチの腕を跳ね除け、あらぬ方向へひしゃげさせた。


「ナギさんに近付くなぁ!」

「ぐぬぅ!?」


 更に仰け反るカグツチ目掛け、ケンスケが木刀を叩き込む。

 力任せに振るわれた一刀は、先程のお返しと言わんばかりにカグツチの身体を吹っ飛ばした。


「なんだよ……テメーら生きてやがったか」

「勝手に殺すな。ナギのバカ」

「ナギさん、肩貸しますから早く立って!!」

「ニィナ、ケンスケ……さっさと逃げろ。アイツはお荷物を抱えて逃げ切れる相手じゃねー……ゲホッ!ゲホッ!!」

「あぁ、もういいから口閉じて!舌噛みますよっ!」

「ケンスケ。行くよ。せーのっ」

 

 2人はナギヨシを抱え、風穴の空いた場所から飛び降りる。迫り来る死に比べたら、彼らにとって10メートルそこらの高さなど恐怖に値しなかった。

 ニィナのロック族としての身体能力、ケンスケの火事場の馬鹿力。 両者の意地は奇跡を生み出し、怪我なく地面に着地することに成功した。


「よっと」

「あ、足がしびれるぅ……!」

「ケンスケ。早くして」

「わ、分かってるけどロック族と一緒にしないで……ナギさん、絶対助けますからっ!」


 逃走中、2人の思うことはナギヨシのことだった。あれほどの強さを持つ彼が、一方的にやられることなどあるのだろうか。そして彼の過去に一体何があったのか。

 深まる疑問を抱え、土砂降りの雨の中彼らはワダツミを目指すのだった。

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