第16話 いくつになっても必殺技は恥を捨てて叫べ

 攻撃の後隙を無くし、次の動作へ繋げる一連の流れをナギヨシはやってのけた。それはまさにロック族秘伝の技術『硬直無視キャンセル』だったのだ。

 

「オイオイ、新品だってのに。こりゃ職務妨害の罰金込み込みでテメーに要求しなきゃだなァ!」


 あのヘキリ・ペレを2度受け、ようやく折れたのだから、このデッキブラシはむしろ頑丈な方だろう。

 一方、高く宙に舞い上がったオコイエの脳裏は解を求め脳に酸素を多く集めていた。

 何故一般人が硬直無視を使えるのか。私は何故こうも顎に攻撃を食らうのか。

 濁流の様に流れ込む情報が彼を冷静にする。受身を取り、猫のような軽やかな着地を魅せ、すぐさま構えを取る。

 己を律し、即座に状況を把握する。そして気付く。

 相対するてナギヨシの息は大きく上がっていた。

 

「さては貴様……だいぶ無理して硬直無視をしたな?肩で息をするようじゃ、所詮猿真似ってところか。だが、身体の作りまでは真似出来ないようだな」


 察しの通り、ナギヨシは相当な無理をしていた。大きな動作に大きな動作を繋げることは、本来不可能な領域にある。

 それを肉体に狂れた負荷をかけ、硬直無視を行うことはロック族だからこそ出来ことだ。

 そんなことをただの人間がするとどうなるか。それは火を見るより明らかで、ナギヨシの今の姿が物語っていた。

 初速計算、肉体の反応速度、物理干渉、その他諸々を無理やり再現するためにかかる情報の猛火に脳は焼かれ、鼻と目からは血を流している。

 筋肉は断裂し、骨は骨折とまではいかないが、ヒビが入り軋んでいる。


「まともな感性じゃテメーら戦闘民族にゃ勝てねーんだよ。ったく、嫌なこと思い出させやがる」


 ナギヨシの言葉に強がりは見えなかった。実際、不意をついたこの攻撃で倒し切りたかったのだ。

 長引けば長引くほど、肉体の差が如実に現れる。だからこそ仕留めるなら1回で。それが対異能者の心だった。


「ならもっと味わって貰おうか」

「グゥッ!?」


 当然オコイエがこの期を見逃す訳がない。話を長引かせ、回復を測るナギヨシに打撃の嵐を浴びせる。ナギヨシは折れたデッキブラシを二刀流に見立て、必死に凌ぐも徐々に領域の端に追いやられていく。

 針に糸を通す様に、隙を見つけては仕掛けるも、オコイエの間合管理と緩急のいやらしさにペースを掴むことが出来ない。


「っ!?」

「貴様が画面端ィ!!」


 ナギヨシは遂に隅に追い込まれてしまった。領域の作用により、これ以上下がることは出来ない。

 脳裏に浮かぶ択の数々。打撃、グラップ、様子見、ヘキリ・ペレ。パッと思いつくだけでも4つの手段をオコイエは持っている。1つ1つを枝分かれにすれば、その倍以上はあるだろう。


「いい加減に……しやがれッ!」

「フッ……!」


 ナギヨシの選択は上段への薙ぎ払いだった。

 オコイエの選択は……無情に下段へのタックル。

 結果ナギヨシの攻撃は空を切り、オコイエの突進を食らってしまう。体重の乗った重い一撃をくらい地面に叩きつけられてしまった。圧倒的優位のマウントポジションを築き上げたオコイエは好機を逃すまいと、両腕に強烈にほとばしる赤い光を溜める。

 必死にもがくも、ナギヨシは熊のような威圧感と重さに身動きが取れなかった。


「ヘキリ・ペレ・ラパウィラァァァァァァ!!」


 最大火力を両拳に纏わせ、零距離から相手に叩き付ける非情の大技。オコイエの全てを用いた必殺技は、赤い稲妻を轟音とともに走らせ、2度大きな爆発を起こした。

 オコイエは爆風に身を委ね、反動を殺すようにくるくると地面で回転し、華麗なる受身を取った。

 爆発の後は黒煙を上げ、大気を赤い雷光がバチバチと瞬いている。


「肉体ごと消し飛んだか……私の両腕も当分使い物にならないがね。罪なヤツめ。あの世で先祖に詫び続けろ。……ッ!?」


 勝ちを確信したオコイエに、突如稲妻の様な悪寒が走った。同時に黒煙を引き裂き、1人の獣が飛び出してくる。


「な、何ィィィィィィ!?」


 体は黒く焦げ、焼け落ちた服の隙間から、無数の火傷跡が垣間見える。見るからに痛々しい姿だ。だがナギヨシは痛みなど度外視した動きでオコイエを狩りに向かった。


「ぬぐぅぅぅ!?あの一撃を受け、なぜまだ動ける!?」

 

 間一髪攻撃を受け止めるも余裕はない。一方ナギヨシは狂気じみた笑みを浮かべ、より強く得物に力を込めた。


「俺ァ、掃除する道具を買いに来たんだよォ!懐に入れたゴム手袋のおかげでギリギリ助かったぜぇ!!」

「ンな馬鹿な話があるかァ!!」


 事実馬鹿な話である。いくらゴムで出来ていようと不可思議パワーの雷が防げるはずは無い。

 つまるところ根性である。

 では何故、生きていたのか。それは、ニィナとの1戦が起因していた。

 オコイエは彼女の強烈な蹴りを腕で防いでいた。たとえ致命傷にはならずとも、蓄積されたダメージはいずれ可視化される。それがヘキリ・ペレ・ラパウィラの威力減衰に繋がったのだ。

 気づかぬ間に掛けた負荷が、ここに来て悪魔のほほ笑みを見せたのだ。

 いずれにせよオコイエがそれに気付くことは無いだろう。格下と舐めてかかった相手が、牙を突き立てたのだから。


「死に損ないがァァァ!!」

「勝手に決めつけんじゃねェ!このかりん糖ハゲがァ!!」


 ナギヨシは思い切りオコイエの顎を蹴りあげた。本日3度目の脳震盪が彼を襲った。

 流石に膝に来たのか、ガクガクとその場で痙攣する。だが、目だけはナギヨシから離さず、恐ろしい眼力で睨みつけている。その眼から感じる凄まじい執念を吹き飛ばす様に、ナギヨシは両腕の折れたデッキブラシを構える。


「俺も必殺技……見せねぇとなァ!?」


 デッキブラシの切っ先を向け、オコイエに狙いを定める。そして天高く響く大きな声で叫んだ。


せい……爆発流乱斬ばくはつりゅうらんざんンンンンンンッッ!!!」


 ナギヨシは思うまま気の向くままにオコイエの体を得物で殴る、もとい斬りつける。

 胴を、脚を、腰を、首を呼吸を止めひたすらに斬る。斬る。斬る。

 星が瞬く一瞬の如き素早さで繰り返す硬直無視。それは流れる様な連撃となり爆発的な威力を生み出した。無論オコイエに反撃の余地は無い。


「これでェ終わりィィ!!」


 最後の一振は両刀からなる袈裟斬り。『X』の文字を描いた一撃に、オコイエは遂に膝を着いた。


「な、何故そんなにダサい必殺技名なのだ……?せめて英語に……」


 辛うじて意識を保つオコイエの疑問にナギヨシは答える。


「『なんたらざん』ってのは日本男児の憧れなんだよ。それに……英語だと色々まずい」

「ンな……アホな……」


 オコイエの巨体が大きな音を立て、地に伏した。領域も消失し、ナギヨシはリングから降りることを許された。


「過去の遺恨、それも異排戦争の被害者とはな。俺も嫌な役回りしたもんだ。ほんと、過去ってヤツは嫌いだ。忘れたくても忘れさせてくれねぇ」


 オコイエに目を向けながら、悔いるような顔でナギヨシはボヤいた。


「全くもって呪いだよ、ホント。俺も死人ミコちゃんに縛られ続けられてるんだから。いや、好きで縛られてんだろうな」


 オコイエの企てが、亡き婚約者を思うことに通じたのか、ナギヨシは自嘲した。彼はまだ悲しみに浸り、水面の見えない過去に沈んでいる。前に進むどころか、振り切ることは出来ていないのだ。

 そして上がらない脚を無理矢理引き摺りながら、未だ意識の無い2人の方へ向かった。


「たくよぉ……俺が一番重症だってのによォ……なんで荷物持ちまでやんなきゃいけねぇンだコノヤロー」


 寝込む2人をかつぎ上げ、ナギヨシは脚を引きずりながら文句を言う。

 起きたら説教と心に決め、駅を後にするのだった。

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