第15話 人への文句は8割自分へのブーメラン

 20年前。かつて異排聖戦と呼ばれる戦いがあった。

 それは歴史における英雄と称された者を影で支えた人物や、中世に行われた魔女狩りの生き残り、その他の異端者と扱われ、人ならざる者として世界に淘汰されかけた者たちの子孫たちが発起した戦いである。

 つまるところ彼らの先祖は間違いなく異能力を持っていたのだ。

 その子孫たちが求めたものは過去の精算。そして受け継いだ異能による権利と地位の向上。として、現人類より尊い存在だということを事を確固たるものとして世間に認めさせようとした。

 そして、この戦いにロック族も参加していたのだ。


「私の祖父がよく語っていたよ。酷い戦争だったと」

「そうか?俺には戦争の善し悪しなんざ分からねーよ。ただ生き残るのに必死だったね」


 異能者に対し人類が取った行動は、歴史に塵すら残さないことだった。

 異排聖戦自体の完全秘匿。故に世間はこの戦争そのものを知らないし、今後も明かされることは無いだろう。

 人類は、異能者たちが集結したドウェン・ジョン島に先制攻撃を仕掛けた。世界の意志により行われたこの行動に参加する部隊は各国の軍隊ではなく、口封じの効く傭兵や、彼らの元で育てられた少年兵が主だった。


「私は先祖の誇りを国諸共汚された。第一次開戦時のことだ。私は若く、族長に島民を連れハワイに逃げ込んだ。そこで異様な光景を見たよ。我らが必死に戦争をしている中、テレビではノリの良い音楽とともにバラエティが流れ、人々は生を楽しんでいた。戦争の『せ』の字さえなかったよ」


 無論、異能者たちも有り余る才と能力を使い抵抗をした。使い捨ての兵による人海戦術で攻め込む人類を迎撃し、異能者側優勢で戦いは進行していた。

 だが、使い捨てには理由があった。それは大規模な部隊を投入して行う陽動作戦。大軍に対し、少数精鋭である異能者が優勢に事を進めたことで何が起こるのか。

 それは慢心だった。故に政府は、最初からそれを狙っていた。


「核……貴様らは我が祖国に戦術核を使ったッ!やっては、行けないことをッ!!……島は消滅し、戦争さえ無かったことになっている。私はそれが許せない。だからこそニィナを祭り上げ、異排聖戦を歴史の明るみにするのだ!!そして、今度こそ我々異能者を優勢とし、世界を作り替えるッ!!」


 オコイエは高らかに宣言する。祖国、文化、社会さえ失ったこの男の目的はただ1つ。

 異排聖戦の再来、第二次異排聖戦を引き起こすことだった。


「長い」

「……は?」


 雄弁なオコイエに対し、ナギヨシはそんな一言を放り投げた。


「話が長いんだよ。校長先生の話かってんだ」

「いや、こういうのって流れがあってだね?私の熱い意志を過去の怒りと共に明かす重要な場面じゃないか」

「長いと聞く気が失せるんだよ。15文字以内にしろ。ちなみに俺にはできる」


 突然の制約にオコイエは頭を悩ませる。根本的真面目さがここに来て彼の頭を苦しめる。

 額に手を当て考えること十数秒。オコイエはハッと閃き答えた。


「戦で歴史に誇りを刻むゥ!」


 オコイエはキメ顔でポーズを取り、強く宣言した。きっかり15文字。靄がかった思考が晴天の如く晴れる。我ながら分かりやすい。オコイエは心の中で自画自賛をした。

 対するナギヨシは、フッと笑みを浮かべ返答する。


「そうかい。でもなぁ、人をテメーのエゴに巻き込むんじゃねぇ。ニィナは自由に生きたいと願っていた。もう滅んだ国のお姫様なんだ。今更関わらせるなよ。過去の精算なんざ、誰だってしたいさ。失敗したこと、上手くいかなったことなんざ数えれば数えるだけあるんだ。俺だって何度も失敗した。あの時はまだ屁で済むと思っていたんだ。だが、俺は目測を誤った。ちょっと出ちゃったんだよ。実が。成人してから漏らすことなんざないと思っていたがな。パンツが、少し、黄ばんでたんだ。あの何とも虚しい気持ちを今でも昨日の様に思い出す。分かるか?パンツについたウン……」

 

 ナギヨシの語りを遮るって、オコイエが襲いかかった。赤い閃光を纏った拳を、ナギヨシは瞬時にデッキブラシで防ぐ。赤い閃光は周囲の空気を感電させ、バチバチとその凄まじさを物語った。

 青筋の立ったオコイエ。涼し気なナギヨシ。対称的な両者が今、戦いの火蓋を切った。


「出来てないじゃないかァ!10文字以内の説明がァ!!」

「良かったな。俺の気持ちが分かったろ?」


 ナギヨシは得意の棒術でオコイエと間合いを取る。2人の距離は約10メートルと言ったところだ。だが、その間合いはオコイエの得意とする距離でもあった。

 オコイエはロック族の領域内でのみ使える秘技、ヘキリ・ペレを撃ち込む。至近距離から放たれた2発の閃光は時速約90キロ。わずか10メートルという距離を考えると、体感速度は言わずもがな速くなる。

 しかし過去に積み重ねた経験で、ナギヨシの勘は冴え渡っていた。得物デッキブラシを使い、1器用に受け流す。

 あえてのこの1歩こそ値千金だった。踏み込みによって少なからず慣性の乗った身体は、コンマ数秒と言えど素早く動く。

 つまり、オコイエのヘキリ・ペレの予備動作の隙を与えず、攻撃することが出来たのだ。


「これが最適ジャストパリィじゃんねぇ……」


 ナギヨシはデッキブラシの柄を長く持ち、遠心力を乗せ、フルスイングする。勢いのままにデッキブラシの角がオコイエのこめかみにクリーンヒットした。


「まちゃぼッ!?」

 

 ヘキリ・ペレを撃つことに意識を多く割くことによって、防衛本能が薄くなった瞬間を捉えた強烈な一撃は、身構えている時の倍以上のダメージを体感するだろう。

 格闘技のカウンターヒットに相当する攻撃は、いくら鋼の肉体を持つロック族と言えど、甚大な被害は免れない。

 無理矢理引き起こされた脳震盪のうしんとうにオコイエの視界が細かくブレた。

 彼のチカチカと小刻みに発光する視界は、更に驚くべき事実を目の当たりにする。

 それはナギヨシが既に次の予備動作に入っていたことだった。

 本来『フルスイング』という大きな動作には、それ相応の後隙がある。次に行動しようにも、咄嗟に対軸を戻さなければ気の抜けた一撃となり、下手をすれば防がれ手痛い仕返しを受けてしまう。

 だが、ナギヨシの予備動作はそれを感じさせない。それどころか、先程よりも強く深く踏み込み、大きく腰を捻っている。ゴルフスイングの要領で、前のめりに倒れかけたオコイエの顎をち上げる。

 同時にデッキブラシはついに耐久力を失い、べキリッと軋む音を立て雑に割れたのだった。

 

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