肉食『獣』系の美少女たちは、草食『獣』な俺を食べる気満々らしい

風遊ひばり

草食獣系男子

 世の中には、『獣人』と呼ばれる人達がいる。



 ……と言っても、可愛いネコミミとかモフモフの尻尾が生えていて『撫でてくださいご主人様!』なんてことは無い。


 薄い本の読みすぎである。



 何故かは分からないけど、例えば耳や鼻が異常に良いだとか、暗闇でも周りが見えるだとか、そんな些細な『動物のような性質を持つ人間』というのが生まれているのだ。


 今の時代、そんな人達が割と多く存在している。


 まぁ……昔いた、ハンマー投げの日本記録を持ってる人はゴリラに近いし、野球のメジャーリーガーには、なんとユニコーンの血を引く二刀流選手なんてのもいたというから、昔からそういった事例はあったのだろう。


 まぁ、その二つは眉唾物だけどね。

 見た目は普通の人間と全く変わらないから、本人が自己申告しない限りは分からない……はずだ。



 なんて考え事をしている俺……『有栖川ありすがわ 春空はるく』も、何を隠そう、その『獣人』の一人である。



 …………リスの。


 もう一度言おう。

 俺は『リス』の獣人である。



 なんでだよっ!

 もっとこう、『オオカミ』とか、カッコいいのがあるだろ!

 くそぉ……男なのになんでそんな可愛い小動物に……。


 生まれつきだからどうしようもないんだけどさ……。


 良かったところと言えば、知覚感覚が鋭敏なところと、貯金が割と得意だというところぐらいか。


 ……デメリットは、背が低くて顔が妙に可愛いと言ったところだ。男なのに……嬉しくねぇ……。クラスの奴らも『リスちゃん』ってバカにしてくるし。くそぉ……



 そんな風に愚痴を零しながら、俺は雪が降りしきる寒空の夜を歩いていた。コンビニにプリンを買いに行った帰りだ。


 ……妹の分を俺が食べちゃってさ……それはもう怒られたね(遠い目)


 冬はね……なんだかせっかく溜めた自分のストックが減るのが嫌で、ついつい妹のに手を出しちゃうんだよな。いつものことだから、新しいのを買ってこれば許してくれるんだけどね。



「しかしまぁ、今日の雪はすごいな」



 しんしんと降り続く雪は止む様子はなく、すでに足首のあたりまで積もっている。俺が住んでる場所はそれほど田舎じゃないのに、今年は特に雪が多い年のようだ。



「うぅ、寒い……早く帰ろ……」



 とにかく炬燵の中で手足を温めたい。

 その思いで足を速める———その途中。



「んっ……?」



 帰り道の途中にある小さな公園から、何やら物音が聞こえる。

 小さな音だけど、俺の耳はかなり良いから間違いない。


 こんな時間に公園で遊んでる人が……?


 気になった俺は、なんとなく公園の方へと足を運ぶ。そこでの出来事が、今後の高校生活を大きく変えることになる。



        ♢♢♢♢



 この公園は、俺が幼稚園の頃からよく遊んでいた思い出の場所だ。滑り台とブランコしかない簡素なところだけど、幼馴染と毎日のように遊んでいた。


 改めて見ると『小さいな』という感想が浮かぶけど、雪が積もって街灯に照らされる光景は、思わず惚けてしまうほど綺麗だった。


 そんな中に現れる、不思議な光景。



「————♪」



 もこもこと厚着をした美少女が、雪の上を転げ回って遊んでいるではないか。


 誰も見ていないと思っているからか、雪に溶けるような白銀の髪が乱れるのも一切構わず、その豪快さたるや思わず拍手を送りたくなるほどのものだった。


 ある意味幻想的なその光景だけど、俺はどうしても気になって仕方がないことがある。



 その美少女が、俺が知っている人物だということだ。



雪谷ゆきやさん……?」


「  」



 独り言のように呟いただけなのに、彼女の耳には届いたらしい。ピタリと動きを止めた彼女がゆっくりと立ち上がると、彼女の宝石のように透き通った眼が俺を射抜いた。



「ひっ……」



 その鋭い眼光に、俺は思わず情けない声を出す。

 決して超絶美人にそんな風に睨まれたからでは……まぁ、ちょっとはあるけど……本能的に縮み上がるような感覚だった。


 何だろう、今のは……。



 十秒ほど俺を見つめた雪谷ゆきやさんは、パンパンと服の雪を払い落し、髪を整えながらこちらへと向かってくる。


 思わず身構える俺。



有栖川ありすがわ君ね、クラスメイトの。こんな時間に会うなんて奇遇ね?」


「あ、あぁ、こんばんは……雪谷ゆきやさん、今何を———」


「早めに帰らないと身体が冷えちゃうわよ。今日は寒いから」


「あ、ありがとう。ところで、なんか今めっちゃ雪で遊んで───」


「私? 私はたまたまここを通りかかったのよ。もう帰るから安心して」


「───えっ、無かったことにしようとしてる?」


「…………」


「ひぃっ! ご、ごめんなさい!」



 またこの眼だ。

 獲物を狙う肉食獣のような鋭い眼。ヘビに睨まれたカエルってこんな気分なんだろうな……俺リスだけど。


 緊張のあまり現実逃避していた俺は、その直後、フニャッと崩れた彼女の表情に、思わず視線が吸い込まれた。



「お、お願いだから誰にも言わないで……恥ずかしいから……」


「べ、別に言いふらしたりするつもりはないから……ってか、濡れてると寒いだろ? ほら、ハンカチ貸すから」


「あっ……ありがとう」


「ついでにカイロもあげるから、指先も暖めなよ?」



 俺が差し出したハンカチとカイロを、おずおずと受けとる雪谷ゆきやさん。さっきのような緊張感が無ければ、俺だって女の子と普通に話せるわい。



「んじゃ、俺もさっさと帰るから、雪谷ゆきやさんも気をつけて帰ってね!」


「あっ、ちょっと……!」


「また明日!」



 そう言って、俺は踵を返してその場を後にする。蒸し返すとまたあの眼で睨まれそうだし、さっさと寝て忘れよう!



 そそくさと帰路に着く俺は、別れ際に彼女が呟いた『また明日、ね』という言葉は、珍しく耳に入ることはなかった。

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