第60話 上司と部下
ハートランド家のプライベートビーチに迷い込んだ謎の美少女――アンナ。
彼女はすぐに保護され、身元などの確認が行われていた。
一方、俺たちは一度別荘へと帰還。
すると、眼鏡をかけたいかにもエリートって感じの身なりをした男性が大慌てで駆け寄ってくる。
「このたびは誠に申し訳ありませんでした!」
やってくるや否や腰を直角になろうかというほど折り曲げて謝罪の言葉を述べる。
どうやら、この人は別荘をはじめ、辺り一帯の管理を任されている責任者のようだ。
彼の背後には青ざめた表情を浮かべる五人の兵士が並んでいた。
恐らく彼らがプライベートビーチ周辺の警備を任されていたのだろう。
つまり、部外者の侵入を許した責任は彼らのミスというわけだ。
彼らからすれば、生きた心地がしないだろうな。
何せ部外者の侵入を許してしまったのだから。
彼女の正体については未だ不明のままだが、もしハートランド家の者の命を狙う輩だった場合は取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。
そうなっていたら、間違いなく彼は責任を取らされるだろう。
まあ、何事もなかったとはいえ、そのような状況を招いてしまったのは事実。
だから気が気じゃないんだろうな。
「すべてはわたくしの不手際が招いたこと……ミスを犯しておきながらこのようなお願いをするのは甚だ勝手とは思いますが、ここで働く者たちに落ち度はありません。罰するならばどうかこのわたくしだけに……」
おぉ。
あの人……すべての責任を自分ひとりで負うつもりだ。
彼はここでやらなければいけない職務があり、周辺の警戒については別の者に任せていたのだろうが、そちらには一切触れなかった。
責任者としては当然なのだろうが……なかなかできることじゃないぞ。
大体はミスをした担当者も悪かったって流れに持っていく。
だが、彼はそれを一切しなかった。
自分の責任として処理をしようとしている心意気は素晴らしいな。
「セネット……顔をあげなさい」
本当に俺とふたつしか年齢が変わらないのかと思えるくらい威厳タップリの声のトリシア会長。
ただ、怒っているようには感じられなかった。
「見くびってもらっては困りますわね」
「えっ?」
「仮にあの銀髪の子が悪だくみをしていたとしても、わたくしならばこの手で粉砕してさしあげますわ」
そう言って力強く拳を握ってみせるトリシア会長。
あそこにリンゴを置いたら一瞬で粉々になっていただろうな。
……本題に戻ろう。
話の内容から察するに、セネットさんのミスについてはお咎めなしという方向で決まったようだ。
「以後気をつけなさい」
「は、はい! ありがとうございます!」
「礼を言われるようなことを口にした覚えはありませんわ」
クルッとこちらへと振り返り、そのまま歩きだすトリシア会長。
一方、セネットさんは庇った兵士や別荘で働く使用人たちから祝福を受けていた。
うーん、まさに理想の上司って感じだな。
前世で俺が勤めていた会社にも、あんな人がいてくれたらって思うよ。
ともかく、思わぬ形でバカンスは一旦中止となったわけだが……あの子は一体何者なのだろうか。
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