第55話 夏休みの準備

 思わぬ形で夏休みの予定が埋まった。

 夏季の長期休校――言ってみれば夏休みが二日後に迫ったこの日、俺たちは外出許可を得て久しぶりに交易都市ガノスへとやってきた。


 ザルフィンがいなくなったこともあってか、心なしかガノス内に漂う雰囲気は以前よりも穏やかに感じられる。


 今日ここへ来たのは……ズバリ水着選び。


 ただ、事前にコニーとクレアからは残念なお知らせを伝えられている。


「私たちが選んだ水着は当日までレークには内緒よ」

「内緒です!」


 息ピッタリにそう話すふたりに、それ以上何も追及はできなかった。

 で、そのコニーとクレアはギャラード商会ガノス支店にある店を訪れ、入念に水着選びをしている。


 一方、俺の方は特にこだわりもないのでサイズだけチェックして店を出てきた。

 

 そもそも、ふたりは選んだ水着をハートランド家所有のプライベートビーチで披露するつもりだから、俺の目があるとやりづらいだろうし。


 ちなみに、今は商会近くのカフェでくつろいでいた。

 ――なぜかついてきたトリシア会長と一緒に。


「あら、ここの紅茶はなかなかおいしいですわね。なんの茶葉でしょうか。あとで確認させましょう」


 初めてガノスを訪れたというトリシア会長はいつもよりテンション高めだった。


 俺は世話係としてルチーナをそばに置いているが、トリシア会長の場合は同じ役割を持つ者が十人。

 

学園ではさすがにもうちょっと少ないが、外出というだけあって厳重さが増している。

 そこはやはり御三家といったところか。


 しかし、なんだってこんな大所帯となってまでガノスを訪れようと思ったのだろう?

 とにかく目立ちまくっていて逆によからぬ連中を集めてしまいそうだが……恐らく、彼女の周辺を守っているあの十人のメイドたち――全員、何かのジャンルを極めた武人のようだ。


 何せ、醸しだしている気配がうちのルチーナとまったく同じなのだ。


 戦闘能力の優劣までは測れないが、いい勝負にはなるはず。

 凄い人材を集めてきたものだな。


「そういえば、トリシア会長はしなくていいのですか?」

「何をですの?」

「水着の準備です」

「……気になります?」


 挑発的な視線をこちらに向けつつ、そう尋ねてきたトリシア会長。


 ……えっ?

 何その感じ。

 いつもとはなんか違うような?


「どうされましたの? なんだかお困りのようですね」

「そ、そういうわけじゃないですよ」


 完全に会長のペースに飲み込まれている。

 ……というか、今思ったんだけど、御三家ってことは会長レベルの人があとふたり学園にいるんだよな。


 以前、ウォルトンの実力を知るために学園コロシアムのランキングをチェックしたが、それによればトリシア会長は二位だった。


 握力で魔法を消滅させるようなデタラメさを持つ会長よりも強い者があの学園には潜んでいる……そのうちのひとりは間違いなく御三家のどちらかだろう。


 調べようにも、ランキング上位者の一部は名前が伏せられており、誰が一位なのか定かになっていない。


 トリシア会長に直接聞けばすぐに分かるんだろうけど、素直に答えてくれるかどうか。


 圧倒され続ける俺の耳に、懐かしい声が届いた。


「レーク様!」

「おっ? アルゼか」


 この町で情報屋をしているアルゼだった。

 ウォルトンとの一件でも、彼女の情報はとても役に立ったんだよな。

 

「急に来られるなんて、どうかしたんですか?」

「まあ、いろいろとあってね」

「そちらの方は?」

「わたくしは彼の友人ですわ」


 俺が答えるより先に会長自らそう紹介する。

 さすがに初対面であるアルゼを前に御三家の御令嬢とは名乗れなかったか。


「アルゼさんでしたか? あなたはこの町が好きですか?」

「はい! 一時はもうダメかもって思いましたけど……レーク様がよみがえらせてくれたんです!」

「そのようですわね」


 アルゼの言葉を受け、トリシア会長はどこか嬉しそうに呟く。


「やはり、あなたは他の方とは違うようですわね」

「それはもう! レーク様は最高なんです!」


 大興奮のアルゼだけど……君、だいぶキャラ変わったな。

 昔は俺から情報量をふんだくろうとしていたのに。


 まあ、でも、彼女が仕事をしやすい環境に戻ったと考えたら、あの時の苦労も報われるというものだ。


 すべては我が商会の明るい未来のため!

 トリシア会長にもその辺はアピールできたようだな。

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