第34話 禁忌書庫の魔女
学園図書館にある禁忌書庫。
隠されるように存在しているその場所に、苦しむコニーを治せる人物がいるという。
その名は――金庫書庫の魔女。
生徒たちの間ではかなり噂となっている人物らしい。
新入生の間では耳にしたことがないな。
……いや、単に俺がボッチすぎて伝わっていないだけか?
それでも最近はようやく打ち解けてきたなぁって感じていたのに。
まあ、ともかく、その禁忌書庫の魔女とやらを探すために書庫内をうろついていたら、どこからともなく女の子の声が。
「トリシア会長……あの扉を力でこじ開けるのはやめてくださいと前に言いましたよね?」
「ごめんあそばせ。面倒な解錠の手順を踏むよりこちらの方が手っ取り早いものですから」
謎の声に対し、軽い口調で返すトリシア会長。
現れたのはピンク色の長い髪が特徴的な女子生徒。
前髪なんか長すぎて目元まで覆っている。
あれってちゃんと前が見えているのか?
トリシア会長とはかなり親しい感じ――いや、会長が一方的に絡んでいるだけなのかもしれないが、傍から見ていると仲が良さそうに映る。
会長を見つめていたその切れ長の瞳は、やがてこちらへと向けられた。
「えっ? だ、誰?」
途端に怯えたような表情にある少女。
えっ……?
まだ何もやってないんだけど?
「ごめんなさい。彼女は人見知りが激しいんですの。なかなか授業にも出られず、ここで一日を過ごし続けるうちにつけられたあだ名が禁忌書庫の魔女」
つまりコミュ障の引きこもりってわけか。
……一気に親近感が湧いたな。
特にコミュ障ってところが。
前世の俺も人付き合いは大の苦手だったからな。
こっちへ転生し、悪として生きると覚悟を決めてからは多少マシになったとは思うけど。
だが、彼女が本当にコニーを救える存在だというのか?
とにかく、まずは自己紹介。
この手のタイプには第一印象が大事だからな。
「はじめまして。俺はレーク・ギャラードと言います。こちらは世話係のルチーナ」
「どうも」
「あっ、ど、どもです」
紳士的に振る舞ったおかげもあってか、怯えつつもなんとか返事をしてくれた。
「ほら、あなたも名前を言いなさい」
トリシア会長からのプッシュもあり、何度か深呼吸をしてから女子生徒は俺たちに自己紹介をする。
「――の――で――あ――」
……全然聞こえない。
これはかなり時間がかかりそうだぞ。
「はあ……メルツァーロ家の御令嬢がこの調子ではあなたのお父様も困りますわよ? せっかく魔草薬師として優秀な腕を持っていますのに」
「メルツァーロ? あのメルツァーロか?」
その名には聞き覚えがあった。
書庫に閉じこもっている引きこもりとはいえ、やはりそこは王立学園の生徒ってわけか。
メルツァーロ聖院。
治癒魔法や魔草薬学を極めた者たちが集い、重い病や怪我をした人たちを癒す。
前世で例えるなら、大病院を経営する院長のお嬢様って立場だ。
うちの商会は彼女の父親であるメルツァーロ院長と懇意にしていた。
――って、あれ?
もしかして……
「クレアなのか?」
「えっ?」
「俺ですよ。ギャラード商会のレークです。お互いの屋敷で何度かお会いしましたよね」
「あっ……レ、レーク?」
どうやら、思い出してくれたようだな。
「あら? あなたたち知り合いだったの?」
「両親の仲が良くて、小さい頃はよく一緒に遊んでいました」
「わたくしと彼女が顔を合わせたのは学園に入る一年ほど前ですから、それよりも前……あなたの方が古株だったようですわね」
そうだ。
付き合いの古さでいえば、俺の方が上。
……でも、いつからか顔を合わせる機会がめっきり減ってしまった。
しかし、うちの商会とメルツァーロ聖院の付き合いが悪くなったわけではなく、未だに関係は健在のまま。
それでも彼女に会えなくなった理由について、俺は父上に聞けなかった。
なんとなく、聞いてはいけない空気が流れていたのだ。
向こうに婚約者ができたから会わせづらくなったんじゃないかって予想をしていたが……この状況だとそういうわけでもなさそうだ。
しかし、学園の在学生名簿にもしっかり目を通していたはずなのに、彼女の名前はなかったぞ。
てっきり別の学園に通っているとばかり思っていた。
仮に名前を発見していたら、コニーに匹敵するくらいスカウトへ力を入れていただろう。
何せ、俺は小さい頃から彼女の優秀さをこの目で見てきたからな。
――だから、こうして再会できたのも何かの運命かもしれない。
「また君に会えて嬉しいよ、クレア」
「レーク……うん。私の方こそ、また会えて嬉しい」
好感触だ。
これはいい。
治癒魔法や薬草の知識に長ける彼女ならば、きっとコニーを救う知識を持っているはず。
何より、うちの商会にとっても心強いパートナーとなり得る。
まずは詳しい事情を話して協力を取り付けないとな。
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