第30話【幕間】とある騎士団長とシスターの業務日誌
【ビリー・ステンゲル騎士団長】
自分の名前が書かれた書類に目を通しながら、俺はため息をつく。
交易都市ガノスで起きた事件。
現在では違法とされている奴隷商がオークションを開催しようとしていたらしく、その会場から押収した書類に目を通し、別紙に確認済みというサインをつける。
この書類はオークションの参加者名簿だ。
中には貴族の名前もチラホラあるのだが……俺はそこから彼らの名前を削除するよう上から要請を受けていた。
裏闘技場の時と同じだ。
あの事件にかかわっていた貴族たちが誰ひとりとして捕まらなかったのは上からの意向があたから。
……最初はただ出世したいという気持ちだけだった。
出世して、体の弱い女房にもっと楽な暮らしをさせてやりたい。
その願いをかなえるため、組織内で波風を立てないようやってきた。
騎士団長に選ばれたのだって、別に俺が特別強かったというわけじゃない。
単に上の連中の言うことを素直に聞き入れるからというのが団長に指名された理由だ。
今回の事件も、すでに上から指示が出ている。
『オークション参加者名簿を早急に回収し、処分せよ』――と。
あとはこいつを燃やすなり破り捨てるなりすれば、今回の俺の仕事は終わりだ。
確認はしたが現物はない。
よくある話だ。
これだけでまた特別報酬という名の大金が舞い込んでくる――だが、本当にこれでいいのだろうか。
俺が目指した騎士の姿は、こんなにもみっともないものだったのか?
最近はそんなことばかり考えている。
ただ、今回の事件でその悩みに決着がつく予感がした。
きっかけはやはり、ザルフィンたちを捕らえたレーク・ギャラードという若者。
彼は国王陛下から直々に特務を授けられる大商人ロベルト・ギャラードの息子だ。
いずれ父親の地盤を継いで世界をまたにかける大商人となるだろう彼にとって、貴族とはもっとも大切に扱わなくてはならない上等な客のひとつだ。
しかし、レーク・ギャラードは裏闘技場の壊滅だったりベッカード家の息子を捕らえたりと貴族から反感を買うような活躍を続けている。
意識をしているかそうでないのかは定かでないが、父親そっくりなことをしていた。
今回の奴隷オークションの件だってそうだ。
儲けを優先させる下衆な商人であれば、ザルフィンと結託して甘い蜜を啜ろうとするはず。
だが、彼は逆にヤツと敵対し、倒してしまった。
そのザルフィンという男も、かつては魔法兵団で将来を有望視されていた若手のホープ。
ただ、女癖と金遣いの荒さはたびたび問題視されていた。
ついに我慢しきれなくなって注意した上司に逆上し、炎魔法で全身火傷の大怪我を負わせると武器を盗み出して逃亡したんだったな。
それがまさか交易都市ガノスを裏で支配し、さらには奴隷オークションの主催者になっていたとは。
さらに信じられないのは、腐っても魔法兵団のエースとして君臨していたヤツを魔法が使えないレーク・ギャラードが捕らえたという点だ。
本人の話では一緒にいたコニーという名の少女が魔法で倒したらしいが……それも自身の実力を隠すブラフかもしれない。
ただ、俺はリスクを恐れずに強大な敵へと立ち向かった彼の姿勢に感銘を受けていた。
ずっと忘れていた何かを思い出させてくれるような活躍ぶりに、年甲斐もなく胸を熱くさせていたのだ。
その時、ひとりの騎士が俺のもとへとやってくる。
「ステンゲル騎士団長、オークション会場から押収した品が出揃いました」
「そうか。報告ご苦労だったな。――ああ、ちょっと」
「はい?」
「君は確か、今年入ってきたパウエルくんだったな?」
「っ!? じ、自分の名前を覚えていてくださったのですか!?」
「部下になる者の顔と名前を覚えるくらい当然だ。それより、君に尋ねたい――君はなぜ騎士になった?」
思わずそう尋ねると、彼は間髪入れずに答えた。
「己の正義を貫くためであります!」
そのあまりにも眩しい笑顔に、心が洗われる。
忘れていたな、大切なことを。
若者たちがこんなにも頑張っているのに、大人の俺が足を引っ張ってどうする。
――決めた。
これからは意識を変える。
出世も何も関係ない。
女房には苦労をかけてしまうが、悪を討つという騎士団本来の役割を果たす。
「どうかしましたか、ステンゲル騎士団長」
「いや、なんでもない。それよりも押収品を確認しに行くか。もしかしたら裏で手を引いている別の悪党どもへつながるヒントがあるかもしれないぞ」
「はい!」
忘れかけていた仕事への情熱。
そいつを思い出させてくれたレーク・ギャラードには感謝しなくちゃいけないな。
俺は処分するよう命じられた参加者リストを折りたたむと胸ポケットにしまい込み、パウエルとともに押収品の確認へと向かった。
◇◇◇
私がこの教会へ派遣されてきたのは五年前。
まだ見習いで、右も左も分からない私を町の人たちは優しく迎え入れくれた。
――しかし、あのザルフィンという男がこの町へやってきた時から、少しずつ歯車が狂いだしていきました。
人々の心は荒み、騙し合い、傷つけ合うのが日常となりました。
私は神へ祈りを捧げ続けましたが、状況が改善される兆候さえ見えぬ日々。
そのうち、私は自身の行いに疑いを持つようになりました。
本当に祈っていれば神は助けてくださるのだろうか。
なぜ優しい心を持った者たちが悲しまなくてはいけないのか。
かつてのような平和な日々は戻ってくるのか。
悩み続ける私のもとに、とうとう救世主様が現れました。
名前はレーク・ギャラード様。
まだ学生の身でありながら、圧倒的な力で悪漢たちをなぎ倒し、私と奴隷として売られるはずだった少年を助けてくださいました。
あの時、私には彼が神様に見えました。
そんなはずはないと一度は打ち消したものの、その後の彼の行動もまたまるで神様のように慈悲深く優しいものでした。
町の人たちを支配していた悪の根源を倒したばかりでなく、奴隷としてオークションにかけられるはずだった子どもたちを助けるために教会へ多額の寄付を申し出てくれたのです。
私は教会へ身を寄せる子どもたちに、レーク様の素晴らしさを説きました。
時折、レーク様に報告するためと教会の様子を見に来てくれるアルゼさんも同じ考えを持っており、子どもたちにレーク様との出会いについてよく語っています。
子どもたちに字の読み書きや簡単な計算を教えてくれるギャラード商会の方々も、レーク様には深く感謝していました。
レーク様はザルフィンに脅されていたとはいえ、一度は商会を裏切ってしまった彼らを寛大な御心でお許しになり、子どもたちやアルゼさんの教育を託された。
おかげで彼らは「レーク様の御期待に応える!」と使命感に燃えていましたね。
「今の我らがあるのはレーク様のおかげ!」
「あの御方のためならば命をかける所存です!」
「レーク様、万歳!」
これが彼らの口癖となりました。
最近ではアルゼさんが発起人となり、中央通りにレーク様の銅像を建てようという計画が持ち上がっているそうです。
私はこの素晴らしい提案に賛同し、彼女と一緒に町長を説得。
ギャラード商会から業者を紹介してもらい、年内には完成予定となっています。
これで、この町の方々はレーク様に受けた御恩を生涯忘れないでしょう。
私もご期待に添えられるよう、子どもたちのお世話をしっかりやらなくてはいけませんね。
◇◇◇
「ぶえっくし!」
「レーク様? 風邪でも引きましたか?」
「やはりコニーさんの氷魔法で体が冷えてしまったようですね」
「えっ!? そうなの!?」
「問題ない。ちょっと寒気はあるが、帰って休めば良くなる。……だから炎魔法を使おうとするんじゃない! 馬車が燃える!」
この時のレークは知る由もなかった。
近い将来、ガノスは町をあげてレーク・ギャラードを称えるようになり、その結果、さまざまな国から来た他国の商人たちからも一目置かれる存在となりつつあることを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます