第7話【幕間】この両腕はあなたのために
私の名前はルチーナ・ティモンズ。
かつては王都に工房を構えて百年以上という由緒正しい鍛冶職人一族の五代目として先代たちのように国の繁栄に貢献してきた。
しかし、悪い人間に騙されて工房は閉鎖。
王都にいられなくなった私は薄汚い裏闘技場の片隅で不毛な殺し合いをする闘士たちの武器を作り続けていた。
底知れぬ闇の中を漂うように生きてきた私に新しい道を示してくださったのがレーク・ギャラード様だった。
『あなたはこんな場所で終わっていい人じゃない。もう一度俺のもとで昔のように輝くんだ』
そう言って、レーク様は女らしさの欠片もない私の手を握り、「美しい」と言ってくれた。
あの時、私は泣いていた。
心の奥底に沈むどす黒い感情を根こそぎ吐きだすように。
こんなにも感情を揺さぶられたのはいつ以来だろうか。
その瞬間、私は本能で感じ取った。
この御方のために武器を作ろう。
この御方に生涯ついていこう。
だから、レーク様の覇道を邪魔する者は誰であろうと排除あるのみ。
ティモンズ家には武器は作るだけでなく、一流の使い手と同等の力を持って初めて完成するという家訓が存在している。
私も幼い頃から父親に鍛冶職人としての技術と心得だけでなく、武器の扱いから戦闘術まで叩き込まれていた。それがこういう形で役立つとは思ってもみなかったけど。
レーク様が乗り込み、私を説得して目覚めさせてくれたおかげであの忌まわしい裏闘技場は壊滅した。
聞けば、王国騎士団や魔法兵団もマークをしていたものの、バックに名のある貴族が絡んでいる可能性もあるとかで二の足を踏んでいたらしい。
レーク様は商人。
貴族は商人にとってもっとも丁重に扱わなければならない相手――それを私は身をもって知っている。
何か粗相でもしようものなら目をつけられて潰されるかもしれない。
しかし、レーク様はそのようなリスクに怯まず私を救いだしてくださった。
やはりあの御方は普通の商人とは違う。
自分の身に危機が迫ろうとも自らの掲げる正義を押し通す素晴らしい心構えがあるのだ。
思い出すだけで心が熱くなってくる。
その後、私はレーク様と専属契約を結ぶ。
期限は私が死ぬまでとした。
私の生涯をかけて、この御方を守り抜く。
揺るぎない誓いの現れだった。
それから、レーク様から専用の工房を与えられた。
ギャラード家のお屋敷のすぐ近くにあって、以前王都に構えていた工房よりも大きく、各種設備も整っていた。職人としてはまさに垂涎の環境だ。
ただ、困ったこともある。
学園にレーク様と一緒に通うため、礼儀作法や言葉遣い、おいしいお茶の淹れ方――などなど、乗り越えなくてはいけない課題が山積みだったのだ。
ギャラード家に仕えるメイドたちに指導を受け、なんとか上達しつつあった。
中でも難儀だったのは、学園に通う祭に強制されるメイド服の着用。
王都にいた頃でさえほとんど作業着した身につけたことがない私にとって、こんなフリフリした可愛らしい服装はハッキリ言って似合わない――と、思っていたのだが、
「よく似合っている。可愛いぞ、ルチーナ」
レーク様のそのひと言が私を変えた。
これからはもうずっとメイド服で生きていくと誓えるくらいに。
そのレーク様は私に製作を依頼される。
なんでも、レーク様のアイディアによる新しい武器とのことだったが、渡された設計図を目にした瞬間――驚愕のあまり言葉を失った。
なんだ……これは。
それが設計図に目を通した際の率直な感想であった。
武器としての運用を目指しているとレーク様はおっしゃったが……騎士団や魔法兵団のお抱えとして多くの武器を作ってきたティモンズ家の私でさえ、過去にこのような形状と効果をもたらす武器を見たことも聞いたこともなかった。
どこかの国で流通しているのかと尋ねたら、レーク様はサラッと「俺が考えた」とお答えになった。
……信じられない。
どうしたらこのような発想に至れるのだろう。
まずそこに疑問を抱く。
だが、それはすぐに解決した。
なぜって、思いついたのは他の誰でもない、レーク様自身なのだから。
もはやあの方の思考は常人のそれを遥かに凌ぐ天性の逸品。
この世界の頂点に君臨するために生まれてきたような御方なのだ。
誰も思いつかない、斬新かつ機能的な武器のひとつやふたつ生みだしてもまったく不思議ではない。
一番驚いたのは、本来武器としては使わない素材を取り込んでいる点だった。
最初は「どうして?」と疑問に感じたけど、これによって生みだされる効果を想像した時、すべてを理解した。
これが実用化されれば、レーク様の抱えている《唯一の弱点》が解消される。
そうなれば、いよいよあの方の覇道を止める術は完全に消滅するはず。
いや、それだけじゃない。
この世界のパワーバランスを大きく変えてしまう、いわば革命的な武器が完成するだろう。
そうなれば、これまで大きい顔をしていた一部の権力者たちはその力を失うことになる。
まさに私の思い描いていた平和な世の形に一歩近づくのだ。
何より、そんな大事な武器づくりを私に託してくださったことが嬉しかった。
「おまえならできるはずだ」と激励の言葉もいただき、私の職人魂が熱く燃え滾る。
本当に……あの方についてきてよかった。
そう心から思える。
私のこの両腕は、レーク様の望みを叶えるために使おう。
それこそが、私の理想とする鍛冶職人に近づける一番の方法だと思うから。
――ただ、提案された武器を完成させるのにひとつだけ大きな課題があった。
使用する素材に関して、私は知識を持ち合わせていなかったのだ。
なんたる不覚。
せっかくレーク様があのどん底の状況から救いだしてくれたというのに、肝心なところで役に立たないなんて。
己の無力さに打ちひしがれたが、レーク様はそんな私に「よくやってくれた」と褒めてくださった。
素材の扱いに専門的な知識が必要だと知っていたレーク様は、その知識を持った人材をこれから通うことになる王立学園で確保する予定なのだという。
私に作らせたのはあくまでも外殻にすぎず、本番はその候補者を引き入れてから。
そこまで考えて私に依頼されていたとは……さすがはレーク様だ。
他者を思いやる優しい心に素晴らしい慧眼と豊かな才能。
きっとレーク様は世界を平和へと導く英雄となるに違いない。
私はそう確信していた。
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