2.どうして生きるの?
「というわけで、文化研究部最初の活動をしなくちゃいけないわけですがー、」
「ですがぁ?」
「とりあえず、何か文化っぽいテーマで話し合うところから始めよう!ね!」
「異議無ぁし。」
「それでいいよ。」
「うんうん!じゃあ、テーマ、どうしよっか?!」
シィーーーン
沈黙。長い長い無言の時。誰もこれを破ろうとはしない。
一分は経とうとしたところで、葦附が痺れを切らした。
「あは、あははは、何か、無いかなぁ?」
「そうだねぇ、いざ決めるとなると、難しいねぇ。」
「テーマねぇ。」
何も思いつかない。こいつらと話したいことなんて別に無いしな。ゲームの話…なんてこいつらには伝わらんだろうし。
「うーん…」
ぷすぷす
葦附も煙が上がりそうなほど考え込んでるみたいだが、何も出てこない。
俺も、あえて話したいことなんて思い浮かばない。
「生きることについてでも、考えてみるぅ?」
古城が何の気無しに呟いた。
「生きること?」
デカ過ぎんだろ。哲学かよ。
「生きる、かぁ。ちゃんと考えたことなかったかも。」
「何のために、生きてるんだろうねぇ?」
え、マジで考える流れ?本気?
こうして、一の冒頭に戻る。
「好きに寝れたらいいけど、寝るためには準備もいるからねぇ。だから起きてる時間も色々してないと、だねぇ。」
「つまり、寝るために生きていて、寝るためには起きてるうちに準備が必要、と。準備ってどんなの?」
「うぅん、大したことじゃないけど、授業受けたり?ご飯食べたり?して、眠気を誘わないといけないんだぁ。」
「そうか、眠気を誘うために色んな行動をして、できるだけ早く、寝れるだけ寝よう、ということ?」
「そうそう、寝るのを第一の生きる目的にして、そのための行動を掘り下げていく、と。いやぁ、言語化すると、照れるねぇ。」
いや終わってんだろ人として。いやぁじゃねぇから。皆んな寝たいのを我慢して生きてんだよ。
「葦附さんはぁ?何のために、生きてるのぉ?」
「私かぁ、そうだなぁ、強いて言うなら…」
「幸せになるため、かな。」
「おぉ、深いねぇ。」
浅いだろ。抽象的過ぎる。
「じゃあ幸せって、何だろうねぇ?」
「私の幸せって、たっっっくさんあるんだ。今こうして皆んなで話すのも幸せだよ。」
めでたい脳だな、羨ましい。
「気持ちよく朝起きられるのも、学校に行く途中にタンポポの綿毛を見つけるのも、授業で問題が分かったときも、帰りに寄り道して美味しい喫茶店を見つけるのも、ぜーんぶ幸せ。いっぱいあるんだぁ。」
「身近にある幸せ、だねぇ。」
「うん、こんな幸せを毎日感じていたい。それが生きる意味、かなぁ。」
生きることが皆んな、そんなに簡単だったらいいのにな。
「荒屋敷君は?」
標的が俺になった。やめてくれ。
「何のために、生きてるの?」
言葉が重くのしかかる。何のために生きるのか。俺が教えてほしいよそんなの。度々考えたことはある。人ともロクに関わらず、自分のしたいことだけする。小学生の頃からその考えだった。それでいい、それがいいと思ってた。この考えは変わらない。
だけど、ちょびっとだけ、このままじゃいけないんだろうな、とも思ってる。年齢を重ねるうち、自然と将来のことを考えてしまう。学生のうちはいいかもしれないが、就職したりしたら、否が応でも人と関わって生きていくしかない。自分のやりたいことを捻じ曲げて、人に合わせなければならない。想像しただけで嫌になる。
自分の意思に反して生きなければならない人生に、意味なんてあるのか?
「別に…」
「ん?」
「何も、無い。生きる意味なんて無い。」
「それも、一つの考え方だねぇ。」
「そう、だね。無いかぁ…」
雰囲気が沈む。だからこんなこと話したくなかったのに。なんとかせねばと、俺が口を開く。
「いや、二人の生きる意味まで否定するつもりは無い。あくまで自分の人生を見て、だから。そうだな、やりたいことがあったとして、それが実現できるかは分からないだろ?でもそれについての不安や心配だけは残る。例えそれが上手くいったとしても、次の不安や心配が来る。そうやって、自分のやりたいことができた、という実感よりも、どんどん嫌な考えばかり溜まっていくんだ。そんな人生に、意味なんてあるか?」
二人は、うつむいて黙り込んだ。特に葦附には、理解できないかもな。色んな意味で。
「ちょっと極端な考えかもしれないけれど、何となく分かるよぉ。確かに、不安も心配も、尽きないよねぇ。それに比べれば、楽しい嬉しいって感覚は、すぐに消えちゃってるのかも、しれないねぇ。」
古城、やるな。思ったより理解してくれている。
「えっと、つまり、心配ばっかりしちゃうから、生きるのがつらいってこと?だったら、もっと楽しいこととか、考えられないの?」
なんとかついてきてるな。でも、分かってない。
「楽しいことは考えたりする。するけど、それを押し潰すくらい不安や心配が大きいんだ。どうしても、それを忘れて楽しむってことができないんだ。」
「人の本能だよねぇ。ご先祖様は、先に起こりそうな悪いできごとを考えておいて、それを回避しようと予め手を打っておく。そうやって生き抜いてきて、私たちまで繋がってる。転ばぬ先の杖、なんだねぇ。」
「そっか、昔はもっと危険だったもんね。ええと、恐竜とか?」
「絶対に違う。戦争とか、もっと昔だと、マンモスとかな。」
「生きるために先の悪いことを考えておくことが、本能で大切になってる、ってこと、だよね?」
「そう。」
やればできるじゃん。
「でもだからって、生きる意味が無いって言いきっちゃうのは、やっぱり言い過ぎじゃないかなぁ?」
「だからお前らとは違う考えなんだって。」
「でもでも、まだ見つかってないだけかもしれないよ?」
「は?」
「今は不安や心配ばっかりかもしれないけど、そのうち、それらをすっかり置き去りにするような、すっごく楽しいことが、見つかるかもしれない、そう思わない?」
そんなこと、考えたことも無かった。まだ見つかってないだけ?いつか見つかる?本当に?
「そんなの…分からない。見つからないかもしれない。」
「けど見つかるかもしれない。私ももっと色んな幸せを見つけたいから、ね、一緒に探していこうよ。」
こっちを真剣に見つめてくる。参ったな。見つかるとは思えないけど、まぁ、形だけ、探すだけ探してみるのは、いいかも。
「まぁ、うん。」
「うん。」
優しい笑顔を向けてくる。やめてくれ、心にくる。
「うぅん、皆んなに当てはまるような、生きる意味って難しいねぇ。一人一人違うからぁ。」
「結局そうなるな、皆んな違う。つまらない結論だけどな。」
「でも、いいと思う。皆んな違うとしても、こうやって人に話して、考え直すとこは考え直して。そうやって、生きながら自分なりの生き方を探していく。」
「ああでもない、こうでもない、って色々やりながら、自分のやってきたことをたまに振り替えってみて、『頑張ったな』って思う、それが人生、なのかもねぇ。」
「人の力を借りながらも、最後は自分で見つけていくしかないな。そこがいいのかもな。」
「うん。」
「そうだねぇ。」
皆んな口を閉じる。沈黙。だが心地良い。話すことは話した、という感じだ。俺も、柄にも無く喋ってしまった。自分の考えが変わったわけではないが、どういうわけか少し心が軽くなった気が、しなくもない。
「うん、いいんじゃないかな!今日はこの話を、活動報告に書こう!書いちゃうね!」
カバンからプリントを一枚取り出し、傍の段ボールを机にガリガリ書き出した。しかし、
ピタッ
すぐに固まった。ゆっくりと振り返る。
「…どんな話してたっけ?」
べそをかきそうな顔だ。
「次からは、話しながら書いた方がいいかもねぇ。」
「そうだな。」
三人でさっきの内容を振り返りつつ、報告書を書いた。
職員室。書き終えた報告書を担任に提出しにきた。
「うーん…」
担任は報告書の文字を目で追いながら唸っている。話した内容がヘビーだったからな。無理もない。
やがて担任は目線を上げ、
「なんか難しいこと話してるなぁ、先生びっくりだよ。」
「ですよね、でも、話してて楽しかったです!」
おい余計なことを言うな、変な集団だって思われたらどうすんだ。あ、もう変か。
「まぁ、生きるってことを考えるのも大事だしな。俺も、いまだに悩んでるからなぁ。」
頭をガシガシかく。大人になっても大変そうだしな。大人って、楽しいのかな。
「私たちも、文化研究しながら、見つけていきます!」
葦附が胸を張ってそう言う。期待しないけど、見つかるといいな、俺も。
「よし、とにかく今日の報告はこれでいいぞ、お疲れ様。明日も頼むな。」
「はい!」
「はぁい。」
「はい…」
「あ、そういや何だが、」
「はい?」
「部長は葦附だよな?」
「あ、ええと…」
俺たちを交互に見る。いやお前以外にないだろ。
「葦附さんじゃなぁい?」
「そうだろ。」
「そ、そう?あ、はい!私です!」
「そうか、それはいい。それで、部活には他に副部長と庶務、会計の役職を置かなきゃいけないんだが…」
カチーン
また葦附が固まる。おいおい。でも、あれ?四人だ。三人でいいんじゃないの?
「まぁ庶務と会計は一緒くたにしていいから、副部長と庶務だな。荒屋敷、古城、どっちがどっちだ?」
「「え。」」
古城と顔を合わせる。正直どっちでもいい。強いて言うなら、副部長の方が面倒な響きがある。
「どっちがいい?」
古城が小声で聞いてくる。
「いや、どっちでもいい。」
「だよねぇ、どうしようねぇ。」
担任と葦附は、こっちの様子をうかがっている。いやお前はこっち側だろ。何「早く決めてくれませんか?」みたいな顔してんだよ、こら!
「埒が明かない、じゃんけんしよう。」
「いいよぉ。勝った方が?」
「副部長。」
「オッケィ。」
「いくぞ、最初はグー、」
お互いが拳を握る。
「ジャン、」
見守る葦附。
「ケン、」
見守る担任。
「ポン!」
決着は、一回でついた。
「じゃあ部長が葦附で、副部長が荒屋敷、庶務兼会計が古城だな。じゃあ、明日もよろしく。」
「「「はぁーい。」」」
俺が副部長、か。隙を見て逃げ出そうとか思ってたのにな。
余計な重荷を負った気がしなくもないが、もういいや。
「いやぁ、役職も決まって部活らしくなってきたね!」
「そうですなぁ、部長ぉ。」
「部長、悪くない響きだね!ね、副部長!」
前向きの塊かよ。それで俺を巻き込むな。
「はい、はい。」
「それで、どうするどうする?明日は、何を話す?!」
意気揚々と明日を楽しみにしてるようだが、おい、
「まず、やることがあるだろ。」
「え、何?」
渾身のキョトン顔。呆れる通り越して感心する。
ツカツカツカ
葦附を通り越して、先に部室の前に立つ。
「これ、このままにする気か、よっ?!」
バッタン
勢いよくドアを開ける。
そこには一時間前と比べて、椅子が立っている以外はほぼ元のままの部屋が。まだまだ部室とは言えない状態だ。何か分からない荷物の山の山。埃が舞ってかび臭い。足の踏み場も無い。
「あー…確かに、そうかも。」
「目を覆いたくなるねぇ。」
「俺たちの二日目の活動は、掃除しか、ない。」
ぴしゃりと言い放つ。こんな最悪の環境で活動なんて続けたくもない。さすがにこれを見過ごす部活なら辞めさせてもらう。
今、副部長ぽかったかも。
はぁー
葦附が長い溜息をついてしゃがみ込む。
「掃除は嫌だなぁ…」
「我慢しろ、幸せのためだろ。」
「皮肉だねぇ、人生は。」
うぅーん
うぅーん
いや、確かに、でも、これは、これは…
「何だよ?」
葦附はぶつぶつ言いながら小刻みに揺れている。
「でも、こればっかりは、幸せじゃっ、なあああぁぁぁーーーい!!!」
人生への嘆きが、虚しいかな、廊下に反響して消えていく。
活動初日、今日は、生きることの難しさを学んだ。
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