文化研究の名の下に!

@kamulo

一.文化研究部、発足します!

「どうして人は生きるのかな?」

「どうしてだろうねぇ。」

「古城さんはどう?言い方がまずいかもだけど、その、何のために生きてるの?」

「そうだねぇ、好きなだけ寝られたら、それでいいかなぁ。」

「寝れてさえいれば、他の時間は何でもいいの?」

「そうだなぁ、そういうわけでもないかなぁ。」


何だこれは。目の前で女子が二人、答えの無い不毛な議論を繰り広げている。

あぁ、何で俺がこんなことに付き合うハメになったのか…


時を遡る、今日の昼休み。昼寝を決め込んでた俺のもとに、とある女子がずかずかと詰め寄ってきた。

「荒屋敷君!部活、作ろうよ!」

「ヤダ。」

即答。俺は好きで無所属やってんだ。今さら方針を変えたくないないね。

俺は荒屋敷秋壱(あらやしきしゅういち)。雨晴高校二年生。これといった特徴も無い人間だ。あえて言うなら友達がいないが、自分の好きなことだけに時間を使えるのは悪くない。必要な時に必要な人間とだけ関わりを持てばいい。今は、何もいらないね。

「もーう!いいから作ろうよ!作ろうってば!」

ユッサユッサ

俺の机を揺らしながら喚くこいつは、葦附千春(あしつきちはる)。同じクラスの女子。それ以上の情報は無い。

「うるさい。」

「ねぇ作ろうよ。」

声のトーンを落とした。そういうことじゃない。

「そもそも、何で『作る』ってことになるんだ。どこかに入ればいいだろ。」

「それは…ちょっと…恥ずかしい、かな?」

「は?」

ちょっともじもじして、

「だって、どこの部活ももう皆んな仲良しになってるんだよ?そこに『お邪魔します』って入っていくのって、ちょっと、恥ずかしいよ。それに私たち二年生だし、一年生より後に入るのって、何か、ねぇ?」

知るかよ。

「一年の時に入らなかったお前が悪い、はいこの話終わり。」

机に突っ伏す。

「待ってって!一年生の時は、まぁ…その…家の事情があって、部活に入れなかったの!もう、そんな昔のことはいいから、とにかく、それなら作ってしまおうって、は、な、し!」

「だったら友達でも集めろよ。俺は関係無い。」

「ダメだよ。部活は掛け持ちできないし、友達は皆んな部活に入っちゃってるから…それに二年生で部活に入ってないの、私たち含めて三人だけなんだって。」

三人か、結構少ないな。まぁどうでもいいが。

「もう一人を誘えよ。俺はいいから。」

「ダメ!部活を作るには最低三人、必要なの!だから三人皆んなで作らないと、いけないの!」

ユッサユッサ

うげぇ

どんどん逃げ場が無くなる。どうしてもこいつは、俺を捕まえたいらしい。鬱陶しい。

「なぁ。」

「うん?」

「そもそも、何で部活に入らないといけないんだ。無所属でもいいんじゃないのか?」

すると葦附はちょっと目を伏せて、

「そう、私もそう思ってたんだけどね?良くないんだって。」

「何が?」

「内申。」

ピクッ

俺のこめかみが蠢く。な、内申だと?

「部活に入ってないと、『健全な学校生活を送っている』って判断するための材料が減っちゃうんだって。それで内申を良い方向に、書きづらくなるんだって、先生が。」

内申。それは進学する上で大事なもの。大学を一般で受験場合はもちろん、推薦等で進学する場合においては重要アイテムとなるらしい。俺の将来を左右しかねないものだ。そしてその内容は、教師に一任されている。どんなことを書いたかは教えてくれない。いわば教師がやりたい放題できるブラックボックスなのだ(※個人の主観です)!

くそ、内申を出してくるなんて、先生は卑怯だ。俺はただ、自由に生きたいだけなのに。

「内申、ねぇ。」

「形だけでも部活に入っていればいいらしいよ。」

動揺する俺に、一本の蜘蛛の糸を垂らされたかのようだ。

くそっ。入るべきなのか?放課後は時間があるし、だらだらゲームしてばかりだったから、多少その時間を削り、内申に当てても問題無いか…?

くそっくそっ。

頭を掻きむしる。葦附がギョッとするが、気にしない。

「…どんな部活にするんだ。」

ぱあっ

効果音が入るくらいにこやかになった。やめい。

「うん!それがね!」

「ああ。」

「なんっにも、考えて無いの!」

がっくし

椅子から滑り落ちた。新喜劇さながら。

「何にも、だと?」

こんな勢いづいておいて?よろよろと座り直す。

「でも荒屋敷君が入ってくれるってことで、良かったよ!」

がしっ

「?!」

こいつ、手を握ってきやがった?!あわ、あわわわ…

「じゃあもう一人に声かけてくるから!何をするかは、放課後考えよ!じゃっ!」

バヒュン

矢のごとく消えていった。全く何だったんだ。手のひらを見る。まだ温もりがある。顔にも熱を感じる。

はぁ

「面倒なことになりそうだ…」


来る放課後。

コソコソ

目立たないように帰り支度をして、教室を出ようとしたところで、

「新屋敷君!」

がっ、と制服の襟を後ろから掴まれた。

うぐっ

喉が潰れたじゃねぇか、乱暴女!げほごほ。悪びれる様子も無い葦附が立っていた。

「部活、行こう!さあさあ。」

元気いっぱいに手招きしてくる。

「どこに、行くんだよ。」

「まずは一組に行くよ。もう一人を連れて行かないと。」

嫌々葦附についていく。逃げる隙を伺うが、横に並ばれているのでなかなかチャンスが無い。

一応俺らのクラス制度について紹介しておくと、一学年五クラス。奇数組が理系で、偶数組が文系。俺たちは二組の文系。もう一人は五組の理系ということになる。

「もう一人って、誰だ。」

「古城さん、女子だよ。」

「知らない。」

知るわけがなかった。

「私も名前しか知らなかったけど、部活に入ってないのは知らなかったよ。さっき部活には入ってくれるって言ってくれたし、楽しみだね!」

キラキラキラ

眩しい笑顔を向けてくる。直視できない。てか男子俺だけか、ますます嫌になった。

五組についた。知り合いがいない他のクラスに入るのはどうも気が引ける。が、お構いなしに突き進む葦附。その度胸があればどんな部活にでも入れるだろ、と思う。

「いたいた、古城さん、古城さーん?」

しーん

葦附の目の前で、一人の女子が机に突っ伏して寝ている。ぴくりとも動かない。本気で寝ている。

「寝てるな。」

「みたいだね…」

「じゃあ今日は解散ということで、また明日。」

「ちょっと!」

襟を掴まれる。

ぐえぇ

げほごほ。

「古城さん、葦附だよー、起きてー。」

声を掛けながら身体を揺するが、起きない。

「起きてよー。」

しーん

「起きてってばー。」

しーん

「起きて起きて起きて起きて起きて起きて!」

がっくんがっくんがっくん

肩を鷲掴みにして思い切り揺すりだした。やべえ奴だ。

やがて、揺すられる身体が自立しだした。

「うん、うぅん…ふあーあ。」

目を擦る。トロンとした目が宙を向いている。

「あ、起きたー!よかったぁ。さ、古城さん、部活いこ!」

「うん、うぅん、うん…」

ゆらゆら揺れながら、また机に突っ伏した。

「古城さん?」

しーん

「起きてええええええ!」

がっくんがっくんがっくん

しばらく繰り返した。


「ふあーあ、古城瑠夏(こじょうるか)だよぉ、よろしくぅ。」

「古城さん、ちゃんと立ってよ、もう。」

葦附に支えられながら廊下を歩いている。これから俺はこんなやばい奴らと過ごすのか…俺の貴重な時間が…落ち込んでしまう。

「とにかく、よいしょ、三人揃ったから、部室に行こう!」

「部室?」

「三階の科学準備室、物置になってたから、使っていいって。」

部室まで確保してるのか。行動力に恐れ入るよ、全く。


「ここだよ。」

三階の端も端。一回り小さい扉があり、『科学準備室』の木の札がかけられている。年季の入りようが滲み出ている。

「古そうだな。」

「まぁ使ってない部屋だしね、しょうがないよ。」

「むにゃむにゃ。」

お前はさっさと起きろよ。葦附がドアを開ける。

ガッチャ


「うっわ。」

「おぉーう。」

「これは、なかなか、だね…」

最初、部屋だとは思えなかった。部屋と認識するには、あまりにも空間の余裕が無かったからだ。

カーテンが閉じた薄暗い空間に、所狭しと段ボールの山、山。他にもモップ、カラーコーン、何かのネット、バケツ…キリが無い。とにかく無数の物が無造作に敷き詰められている。部室とは到底思えない。足の踏み場も無い。踏み入る気も、起きない。

ずん、ずん

葦附が大股で物を避けて中に入っていく。その熱量はどこから?

シャッ

カーテンを開ける。白い光に照らされて、塵と埃が目に映る。嫌だなぁ。

「換気しよ!窓、開けておこっか。」

「…よくポジティブになれるな。」

「そりゃ、部室ももらっちゃったからね、やる気にもなるよ!とりあえず、とりあえず、そうだなぁ、座ろっか!椅子、探してくれる?あると思うんだ。」

「えぇ?」

気が滅入るが、女子一人に力仕事させるのも何だか嫌だし、もう一人はこんなだし…

横を見る。

ぼけー

何を思っているのか、思っていないのか、ただ宙を見つめているようだ。

はぁー

溜息をつき、カバンを下ろす。覚悟を決めて、足を踏み入れる。

ぐにっ

何か踏んだぁ!最悪!

「椅子、ここにあるね。ここにも!引っ張り出そう、せーのぉ!」

「待て待て待て!引っ張ったら上が崩れるだろうが!上をどかしてからにしろよ!」

「そうか、そうだね。」

確かにパイプ椅子が見えるが、その上に段ボールやらがいくつも積んである。普通に考えたら倒壊するのも分かりそうなものだが…脳筋さが逆に怖い。

葦附と上のものをどかしつつ、慎重に椅子を取り出す。汗が滲む。腕が痺れる。これだけでも結構疲れたぞ。二脚。あと一つ。

「ここぉ、ここにあるよぉ。」

古城が部屋の隅を指さしている。一人で動けるんだな、お前。

三人で協力しつつ椅子を引きずりだし、床の荷物を隅に追いやって、何とか椅子を置くスペースを作る。

「ふぅ、やったね!部室らしくなってきたよ!」

「いぇーい。」

「どこがだよ。」

椅子は置けたものの、足を置くところが無いから段ボールの上に乗せている。古城なんかは椅子の上で体育座りしている。身体小さっ。

「さて、部室もできたことだし、決めないと!」

「何を?」

「活動内容!」

「あれぇ?決まってないのぉ?」

「順番がおかしいんだよ。」

「えへへ…だから、皆んなで決めよう!」

部活。野球、サッカーなんかの運動部を始め、カルタ、手芸、軽音楽といった幅広い文化部がある。考えてみると、選択肢は意外と多い。多いが、だ。

「やっぱり文化部かな?」

「それしかないだろ。三人でスポーツするつもりか?」

「まぁ、無くは無いかと思って。」

無いだろ。こいつの能天気さには心底呆れる。

「昼寝部とか、ダメかねぇ?」

ふああ

呑気に欠伸をする。寝不足なのか?ダメだなぁ。

「うーん、活動実態を報告しないといけないから…昼寝だと、書くことがあまり無いよねぇ。」

無いだろ。何にも。

「えぇ?そうかぁ。」

いや当たり前だろ。

「荒屋敷君は?何か無い?」

「無難に、囲碁とか将棋とかでいいんじゃないのか。」

「えぇー!私、ルール分かんないよ?」

「同じくぅ。」

「…だったらオセロでも何でもいい。」

「私、そういうゲーム全般、弱いんだよね。」

「うーん、頭使うの、疲れるなぁ。」

「何かちょうどいいの、無いかな?」

何なんだよこいつら。ああ言えばこう言う。内申のためだけだろ?何でもいいだろ。二人を睨むが、気づかない。

「葦附、お前は。」

「え?」

「お前は何か無いのか。」

首謀者のくせに。

「私、かぁ、うーん、これと言って特技も無いし、やりたいこと、かぁ。なかなか思いつかないよ。」

見切り発車にもほどがある。大人しく他の部活入ってろよ。

はぁ

天井を見上げる。昼休み、トイレにでも籠ってればよかった。そうしてたら今頃家に帰って、ゲームでもやるのに。

「こんなふうに話してるだけでも、私としては大満足なんだけどね。」

「何だよ、それ。」

「いいじゃあん、それで。それを活動にしようよぉ。」

「え?」

「は?」

古城に視線が集まる。眠たげな目で続ける。

「そういう、何かについて話し合うってことで、立派な活動になるんじゃないかなぁ?」

「いいね!それ!」

葦附のテンションが上がる。

「何も用意しなくていい、このままでできる、おしゃべりするだけでいい!いいよ、そうしよう!」

いやいや待て待て

「実態、何て報告するんだよ。」

「話し合った結果をまとめればぁ?こういうテーマで話し合って、結論こうなりましたぁ、てな感じでぇ。」

「そうそう!決めるところ決めれば、立派な活動になりそう!」

むぅ

確かに、テーマや結論をまとめればそこそこ形にはなるのか。ただ、女子二人に丸め込まれてる感じが癪に障る…

あ?気づいた。そうだ、ダメじゃん。

「もうあるだろ、ディベート部。」

「あ。」

「え。」

既にそんな部活はある。人数がそこそこいて、学園祭で発表したりしてるのが。完全上位互換のそれが。

「そっかぁ、いいと思ったんだけど…」

しょぼん

めっちゃ萎んでる。ざまぁ。

「いいんじゃなぁい?別に被ってても。運動部だって、サッカー部とフットサル部とか、あるじゃんねぇ。部活名が違えば、大丈夫だと思うよぉ。」

こいつ…!

眠そうにしてるくせに、頭の回転は速いな。

「うん、そうだよ!これで行こう!じゃあ部活名、考えよ!」

勝手に話が進んでいく。どうにでもしやがれ。

椅子にもたれかかる。辺りを見回すと、本当に散らかっている。崩れそうな段ボール、何に使うのか分からない器具、科学で使うであろう実験道具、ほうき、木材の破片、本の山々。俺の足元にも何冊か積んである。

『伝統文化と言語の関係』

『人口問題研究』

「文化、研究…」

ぼそり、呟く。

「え、何?」

「んん?」

二人がこっちを向く。

「な、何だよ。」

「今、何て言った?」

「何って、文化研究って…」

「いいじゃん!」

「は?」

「それそれそういうの、何かそれっぽい!」

「いやありきたりだろ、こんなの。」

「いいじゃあん、ありきたりで。格好いいよぉ。」

「うんうん、だよねぇ!話し合って文化を研究する、『文化研究部』!いい!凄くいい!」

腕を振って喜んでいる。知能が心配になる。

「文化研究部って、他に無いよね?!」

「無いと思うよぉ。」

「決まり!よしさっそく、先生に報告に行こう!」

「マジ、かよ。」

「マジマジ、大マジ!ほら、二人も!立って立って!」

強引に連れていかれる。付き合いきれねぇよ。文化研究部、だぁ?ただのおしゃべり会じゃねぇか。ディベート部の二番煎じ、そんなのが認められるわけ、ないだろうが!


「いいよ。」

いいのかよ。

担任に申請書を提出。あっさりオーケーをもらった。

「いいんですか?!やった、やったぁ!」

ぴょんぴょん飛び跳ねて全身で嬉しさを表現している。その横から、一応聞いてみる。

「い、いいんですか?その、活動内容とか…?」

「ん、まぁ何とも言えんがな。でも、空いた教室を使うってことだし、用意する備品も無さそうだし、良いんじゃないか?」

「はぁ。」

「それよりも、」

じろり

びくっ

担任の目が俺を捉える。なな、何?

「荒屋敷、お前がやる気になってくれて嬉しいよ。先生、安心したぞ。」

何だ、お節介か。まぁ、担任の印象が良くなるならいいや。

「とにかく、部活としてはオーケーだ。しばらく、一週間は毎日、活動報告書を俺のとこに持ってきてくれ。」

「はーい!」

「それと、顧問も決めないといけないが、」

カチーン

葦附が固まる。お前、そこも考えないのか。穴だらけじゃん。

「まぁこれも、しばらくは俺でいいか。でも俺、もう三つ見てるから。ハンドボール、ソフトボール、剣道。」

見過ぎだろ。忙しいんだな、先生って。

「だから時間が無いんだ。見に行ってやれないし、仮にさせておいてくれ。追い追い顧問は、見つけてくれよ。」

「はい!」

「はぁい。」

「はぁ。」

色々抜けはあるがともかく、部活として発足した。してしまった。


キュキュッ

「よし!」

葦附が部室のドアにテープを貼り、上からマジックで、

『文化研究部』

くるっと振り返り、

「これで私たち、文化研究部員!」

目が輝いてる。もう何も言えん。

はぁ

溜息も止まらんよ。いいよもう、付き合ってやらぁ。

「改めまして!私、二年四組の葦附千春!よろしくね!」

「二年一組ぃ、古城瑠夏。よろしくぅ。」

「…二年四組、荒屋敷、秋壱。よろしく。」


日も傾き出したある日、学校の端も端で、文化研究の名の下に、はぐれものたちが一致団結することになった。

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