守護戦士ガーネット
晧 左座
第0話 戦士たちの黄昏
それは過去の事なのか、それとも遥か未来か。
どうにも靄が掛かっていて、五感の全てが曖昧だ。
俺は、眼前に迫る巨大な力に恐怖する事しか出来ず、
傍らで金色に輝く聖旗を構える彼に縋り付いていた。
「ガーネット、もう無理だ! 逃げよう!」
しかし、旗の戦士は揺るがない。水兵のような印象的な装いの襟をたなびかせながら、ただ静かに首を横に振る。
次の瞬間、俺たちの真横を二つの何かが横切り、轟音と共に後方の崖に激突した。
それは人だった。良く見知った二人の戦士。息は、もう無いだろう。
「ぐっ、ぅぅ……グレーこそ、もう逃げて? 危ないよ」
膝を付いた旗の戦士、ガーネットは苦しそうに笑顔を作りながら
俺を諭す。戦友の安否が絶望的だろうと、その表情は変わらない。
彼は、そういう人だ。
だからこそ俺は、彼に、幸せになって、ほしくて…
「哀(あい)くん、グレちゃん……だい、じょうぶ?」
俺たちの真横で倒れていたらしい戦士が、苦しそうに身体を起こす。
「ターコイズ…薺(なずな)さん! 良かった、平気?!」
「なんとか、ね……みんなは?」
息を呑む。沈黙。
それを返答と理解した彼女は、ただ静かに立ち上がった。
鳥のような青い装いが翻る。
眼前からのプレッシャー。次の破壊が、間もなく行われる。
この星を壊滅させる為だけの力が、解放されようとしていた。
「そうか、そうなんだ……最後は私の番、なんだよね? みんな」
「薺さん? 何、言ってるの…」
誰にでも無く呟いた言葉に、哀は絶句する。
俺にでも分かる。分かってしまった。
「グレちゃん、哀くんをお願いね? 一人にしないであげて…」
彼女は固まったままの俺をひと撫ですると、最早敵とすら呼べるかも分からない、
邪悪そのものへと向き直る。
――――ターコイズ!!!――――
薺が戦士としての名を高らかに宣言すると、内から外から、
その性質に由来するエネルギーが青い炎となって彼女を縒(よ)ろう。
「待って、薺さん! そんな事をしたら、貴方まで…」
旗を降ろす事の許されない哀は、ただ彼女に呼びかけるしか出来ない。
薺は静かに、でも力強い笑みを見せる。
「ごめんね、哀くん。今度こそ一緒に居るって約束したのに、
また守れないみたい。嘘つきなお姉ちゃんで、ごめんね?」
守護戦士ターコイズは空へと舞い上がると、
眼前に広がる邪悪へと青の翼を広げた。
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
雄叫びと共に巨鳥へと姿を変えた彼女は、まばゆく白い尾を引きながら、
破壊の力と共に姿を消した。
哀の掲げていた旗が力なく地面を転がる。
凌(しの)げはした。ただ、それだけだ。
ターコイズが、他の戦士たちが作ったのは、
彼へ選択させる猶予だけ。
「哀……皆の犠牲を無駄にしてはいけない。一度城に戻って体制を整えよう…
そうすればきっと…!」
彼の身体を揺すりながらなんとか言葉を捻り出すも、哀は項垂れたまま動かない。
「無理だよ…流石に僕にだって分かる。城に戻ったところで、
出来る事といえば、この星の人たちを見殺しにして逃げのびる事くらい。
そうだよね? グレー…」
…それは。言葉に詰まる。
彼の言う通り、守護戦士ガーネット。この星の最後の戦士である哀が生き残れば、
星を存続させる事自体は可能だ。
星としての機能、そのほとんどを手放せば。という条件付きで。
それを彼は望まないし、選択そのものが無価値である事も、俺自身よく分かっている。
「なら、やっぱり僕は…」
暗い呟きが聞こえる。哀は己の聖旗を拾い上げた。
(待て! 哀!)
「みんなを守る為に…」
彼の力の源である、守護聖石ガーネットが輝きを増す。
(その力を使ってはイケナイ!)
「僕の全てを使ってでも、何を失っても…!」
突如、ガーネットの真紅の輝きが漆黒に飲まれる。
瞬間、膨張するように乱反射しながら極彩色が視界を覆いつくした。
(俺は……君を、キミだけは、幸せにっ……!)
グレーの視界はプツンという音を立てて途切れる。
最後に見たあの光景は、例えるなら万華鏡のようだった。
「…ぁっ?!! はぁ、はぁ…ここ、は?」
瞼を開くと、そこは高い天井。では無く、高架下の河川敷。
捨てられていた段ボール箱を拝借して眠りについた事を思い出す。
「今のは本当に夢、なのか? それにしては……ぁっ、そうだ!」
何か冷たい予感に居ても経ってもいられず、アレを確認したくて額を触る。
何かに触れる感覚の後、額の印が輝き、こぶし大程もある赤い宝石が現れた。
「よかった、もしかしたら無くしたのかと思っちまった」
宝石に自分の、猫の姿が映りこむ。
「守護聖石(しゅごせいせき)ガーネット。
俺が守護する、この星に現存する最後の聖石。そして…」
決意を新たに呟く。
「キミを幸せにする為に、必要な石だ」
今宵は満月。月光を受け、ガーネットが凛とした輝きを讃えていた。
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