第36話
ゴングが鳴っても、マオルもロックもなかなか動けない。普段とは違って相手の一撃が致命傷になり得ることをわかっているからだ。とは言え睨み合っていても埒が明かない。マオルはジリジリと近付くとローキックで様子を見る。
「さあ始まりました。初手はマオル・クォがローキックで様子を見るが、ロックはこれを脛で受け止める!」
二度三度とローキックを放つが、ロックは足を上げて硬い脛でこれを受け止める。そもそも様子見のローキックなのでマオルの腰も退けていて大した威力はない。以前闘ったときはロックも打撃一辺倒だったが、今も同じとは限らない。マオルだって成長しているのだ、ロックがいろんな技を学んでいても不思議はない。
ロックはそんな消極的なマオルの様子を見てか、一気に踏み込んできた。振り上げようとするロックの両手をマオルが正面から掴む。手と手を握り合って力比べが始まる。
「おっと、これは単純なパワーとパワーのぶつかり合いだっ! 腕力はどちらが上なのかっ!」
ぐっと両腕に力を込めるマオル。しかし単純なパワーではロックのほうが上なようで、マオルは両腕を下方向へと捻り上げられてしまった。苦し紛れに膝蹴りを放って力比べから逃れるマオル。ロックも膝蹴りを避けつつ、一旦距離を取り直す。
普通の打撃ではロックにダメージを与えづらいのは前回の闘いでわかっている。一か八かの急所狙いもそうそう簡単に決まるとは思えない。リング上をぐるぐると回りながらお互いの出方を見る。
不意にロックがロープにもたれかかって反動をつけた。そのまま一気に駆け寄ってドロップキックを放つ。しかしマオルも棒立ちではない。ドロップキックを大きく避けてリング上に落ちたロックの腕を取る。そのまま、両足を腕に絡めて腕ひしぎ逆十字へと持っていく。
「マオル・クォ、腕ひしぎ逆十字で地味に攻めていくが……ああっと、ロック、マオルを持ち上げたー!」
ロックは腕の関節を極められているにも関わらずマオルをそのまま持ち上げた。極められた腕ごとマオルをコーナーポストへと叩きつける。コーナーポストは本物のプロレスのリングのように衝撃を和らげるような工夫はない、ただの鉄柱である。
叩きつけられたマオルは額を切って血を流しながらロックの腕を離す。
(パワーじゃ勝てそうにないな……)
マオルは血を拭うと、一旦距離を置いてから走り出すとロックにショルダータックルを食らわせる。コーナーポスト近くに立っていたロックは勢いに負けてコーナーポストに体を打ちつけてしまった。
マオルはこれを好機と捉えて、そのまま後ろ蹴りを繰り出す。投げるにしろ寝技を極めるにしろ、組み合いに発展するような試合運びをしなくてはならない。ある程度ダメージを与えておく必要がある。
「マオルの後ろ蹴り、ロックの胸を捉えたーっ!」
しかし、マオルの足はロックに掴まれてしまった。ロックはそのまま、力任せにマオルの足を取って投げ飛ばす。マオルはバック転してなんとかこれをかわしたがバランスを崩してしまった。
ロックはその隙を見逃さず、素早くマオルの後ろに回り込むとマオルの片脇に頭を潜り込ませて腰を抱え込み、バックドロップを決める。
ダアンッと大きな音がして叩きつけられるマオル。しかしロックの攻勢は止まらない。リングに叩きつけられたマオルに蹴りを浴びせてくる。額の傷が広がってリングに血の染みができる。
マオルはゴロゴロと転がって距離を取ると立ち上がって足払いを仕掛けた。ロックは不意に足を狩られて体をリングに打ちつける。
一進一退、真剣な攻防に観衆も固唾をのんで見守る。マオルは倒れたロックを持ち上げると、片足をついて膝立ての態勢になり膝の上にロックの背中を打ち付けて背骨を痛めつける。
「バックブリーカーが決まったーっ! マオル・クォ、そのままロックを投げ出して再び距離を取る!」
そのままバックブリーカーでロックの背骨を攻め立てても良かったのだが、また怪力で跳ね返されることを恐れて距離を取ってしまった。ロックは素早く立ち上がるとその隙をついて連続エルボーバットを仕掛けてくる。
(くそっ、マジで手加減できねえな……)
しかし、さすがのロックも疲れてきたのか息が上がっている。もちろん疲れているのはマオルも一緒だが、ここで普段の鍛錬の差が出た。マオルは常日頃から鍛錬を怠らなかった、そのスタミナの差は大きい。
マオルは巧みにエルボーバットをかわし、ロックの横に移動するとジャンプしてロックの後頭部めがけて蹴りを放つ。延髄斬りを食らったロックは一瞬意識が飛んだ。
その隙を見逃すマオルではなかった。ロックの後ろから腰を抱えると、そのままブリッジするようにロックを投げる。しかし……。
「ジャーマンスープレックスがきれいに決まっ……なんということだ、リングが壊れたぞぉっ!」
本気を出した二人の獣頭人身のぶつかり合いの威力にリングのほうが保たなかった。バキバキと大きな音を立ててベニヤ板が砕け、鉄の骨組みが歪んで大穴が開く。マオルとロックは投げの威力そのままにリングの下のアスファルトへと打ち付けられた。
カンカンカンカンとゴングが打ち鳴らされる。試合終了の合図とは違って慌てて打ち鳴らされている。観衆たちは呆然とリングに空いた大穴を見てため息を吐く。
「やめろやめろやめろーっ! 試合は中止だっ!」
クリムトの怒声が聞こえる。どうやら相手が熊頭のロックと知って慌てて見に来たらしい。セコンドに付いていたマージェリーと見られる女は兵士たちに取り囲まれていた。
「全く何やってくれてんだ……今日の試合は全部中止だな……」
リングに開く大穴に向かってクリムトが呟く。マオルは大穴から身を乗り出すとロープを頼りにリングの上へと戻る。まだ頭がくらくらするのか、ロックは頭を左右に振りながら大穴の中央に立ち上がった。
「熊頭のロック、マージェリー中佐! 治安維持のため逮捕する。ゆっくりと話を聞かせてもらおう……マオルはロックの身柄の確保を頼む」
クリムトが呆れたと言いたげな顔で周囲に告げる。もちろん賭けは不成立である。銃口を向けられたマージェリーを人質にする形でロックを大人しくさせると、二人は解放軍の司令部として使っているビルへと連行されるのだった。
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