英雄神の物語
田上つかさ
プロローグ
満月の夜。ジャングルの中を月明かりを頼りに歩く男がいた。
顔は見えないが、腰には申し訳程度のボロ布を巻き、靴は履かず裸足で歩き続ける。
眠りを邪魔されたヘビや毒虫が彼の足に噛みつくが、彼は意に介さない。
強靭な皮膚に遮られてヘビや毒虫の牙が彼の足を傷つけることもなかった。
付近に潜んでいるはずの獣は彼の異様な雰囲気に気圧されてか、近くに寄ることもない。
月明かりも木々に遮られた真の闇に近い中、男の目だけがギラギラと光を放っている。
その目がふと何かを捉えた。小さな明かりが3つ。
一つはオイルを用いた古臭いランタンの光、残り2つは軍用の携帯型ライトと思しきもの。
ちらちらと揺れて見えるのは一人の少女と無精髭を生やし迷彩服を着た軍人が二人。
途端に男は無遠慮な歩き方をやめ、隠密行動を取るような静かな動きへと変える。
「もう少し大人な女はいねーのかよ」
「そう言うなって、これはこれでいいもんさ……ふへへ」
軍人二人が下卑た笑いを浮かべながら言う。眼の前にいるのは歳の頃十三、四の少女。
「やめてください……人を呼びますよ……」
小さな声で反抗する少女だが、その瞳には怯えが覗いて見える。
周囲に明かりも見えないことから集落からは離れていることが察せられた。
少女が叫んだとしても誰かの耳に届くかどうかは疑問だ。それがわかっているからこそ軍人二人も強気なのだろう。
「おう、呼んでみろよ。抵抗する女を抱くのも興奮するんだぜ?」
軍人のうちの一人、痩せぎすで背の高いほうが舌なめずりしながら少女の腕を掴む。
もう一人、がっしりした男の方はやれやれといった感じながらも、少女を助けるつもりはない。むしろ一緒になって少女を汚す気満々のようだ。
「いやっ」
少女は抵抗する素振りを見せるが大人の男二人に囲まれて逃げられるはずもない。暴れたところで腕を振りほどくことすらできない。
見る間に少女の瞳に涙が浮かぶ。
「悪いことばかりじゃねーよ、金ならやるって言ってるんだ。な、大人しくしろ」
少女の怯えぶりに男が金をちらつかせて見せる。男の手には十ドル札が一枚。
このあたりなら一週間ほどは食べるに困らない金額だ。もっとも、集落に店があればの話だが。この国はそれほどに貧しい。
「お金なんていりませんっ!」
少女が気丈にもそう叫ぶ。少女の態度にいい加減苛ついたのか、痩せぎすの男の表情が怒りに変わった、その次の瞬間。
軍人二人が持っていた軍用ライトがなにかに弾かれたように宙を舞った。途端にむせ返るような血の匂いが周囲に広がる。
ランタンのかすかな明かりに浮かび上がったのは首を失った軍人二人が血しぶきを上げて倒れるところだった。
ぐちゃ。肉を裂く音がする。肉食獣が獲物を牙で切り裂く音。少女が思わずランタンを取り落とす。
ランタンが割れてオイルが溢れて大きな火となり周囲を照らし出す。浮かび上がったのは獣頭人身の男の姿だった。
眼の前の光景に少女が怯えに目を見開き、がくがくと震えながらその場に座り込む。
ネコ科の猛獣を思わせる獣頭は血に染まり、その口には軍人の腕と思しきものが咥えられている。獣頭人身の男が軍人二人を襲い、一瞬のうちに血祭りにあげたのだ。
ギラギラと光る獣頭の瞳に少女は声にならない悲鳴を上げた。ぴちゃぴちゃと水音がして、周囲に満ちる血の匂いにアンモニア臭が加えられる。
「グルルル、グオオオッ!」
獣頭の男が吠え、周囲に響き渡り空気がビリビリと震える。
獣頭の男はひとしきり吠えると、そのまま眠りにつくかのようにその場に倒れ込む。男の意識は暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます