第25話
なぁ、クシナサラ。
僕は100年以上をこっちの世界で生きてきた。
あぶれるほどの人間を見て、会って、殺してきた。
中にはすごい悪いやつもいたよ。
他人を虐げることが生き甲斐みたいなやつは、君が思っている以上に多いんだ。
何世代も何世代も、殺し殺され、意思を紡ぎ、紡がれ、今日の夢世界を築き上げてきた。
『ひとつ、ふたつ
木の葉を数える
無駄なことにこそ意味はある
君はなにを数える?
木葉?
木の枝?
木の本数?
残念だ。君には何も見えていない』
【インターセプト】!
視野を奪う魔法。
視覚を奪われたクシナサラは、素早く後ろに下がって、がむしゃらな魔法を撃つ。
『あの日の光景と被って見えた
人間の想像力を越えるものは存在せず
故に何を見ても既視感が止まない
故に視線を定めない
曖昧に、新鮮に、日々を生きるために』
【シェイク】!
カクテルでも作るときに使われる、小さな振動魔法だ。
が、彼女が使えば大震災だ。
巨大な振動というものを食らったのは、初めてではない。
強烈な縦振動は、まるで足元に穴が開いたかのような錯覚を覚える。そして次の瞬間には、大地が自分に殴りかかってくるのだ。普段当たり前のように寄りかかっていた地面がそのように反旗を翻すので、さすがに詠唱を噛む。
続く横振動に耐えながら、ひとつ魔法を詠唱する。
『世界を光とするならば
人は生きるとき影を差す
人は闇なしでは生きられぬ
そもそも光が戯言だ
凍える闇は穢れておらぬ
臆するなよ、闇の道化よ
光を飲み込み、真実を取り戻せ』
【イルヴィローズ】!
1分間だけ動く道化人形を使役し、相手を攻撃できる召喚魔法。
下半身がびっくり箱になったピエロの姿をした人形が、ぴょんぴょんとバネ仕掛けの胴体を駆動させながらクシナサラに襲い掛かり、腕を抑えて、水たまりの上にのしかかる。
その隙に、攻撃を重ねる。
『漆喰の空におられるは
我らが祖たる者たちよ
彼らを崇め奉れば
その力をも貸し与えられん』
【
雷の生成。さらに。
『烈火の如くに猛る戦場 そこに一騎当千の勇者がいる
その勇者を英雄と称えて担ぎ上れば 誰もが俺の名前を忘れていく
それに困ることはない それに怯えることもない
俺と俺を信じる者たちは 確かに俺の名前を覚えている
人を英雄たらしめる俺は烈火の武器職人だ』
【ヒートジャベリン】!
金属ナトリウムを燃焼させ焼き切る攻撃。
人形ごと撃ち抜いた魔法が、クシナサラに突き刺さる。雷は腕を焼き、灼熱の炎は腸を焼き切っている。
カチャカチャ、とジグソーパズルのようにシリムがこぼれる。まるで血液のように。
クシナサラは傷口をすぐに修復しつつ、立て直す。
腕がもげようが、腸がまろび出ようが、シリムさえあれば回復ができる。
ずっと、ずっとこうやって、僕らは戦ってきた。
この何百年も続く世界の歴史を、僕ら一世代でフラットにできるとは思ってない。
だから何もしないってわけじゃないけど。
それはね、大洪水をハンカチで拭き取ろうとするのと同じくらい、無謀なことなんだ。
この価値観の差異は、世代の違いは、互いに理解し合える日は来ない。
平行線だ。
なんだろう。なんなんだろうな、この気持ちは。
『仰げよ仰げ、天を仰げ
喚けよ喚け、魂よ喚け
悪鬼よ悪鬼、なぜ嗤う
お天道さんよ、なぜ助けぬ
天より力を貸し与えられねば
我が天を作って見せようぞ
ゆらゆらと燃ゆる陽炎を纏い
赤光を放つ魂の揺らぎよ
その眼にしかと焼き付けよ
その身にしかと受けてみよ
我の朱はあらゆるお前を焼き尽くす』
【
クシナサラが撃ち出す火の玉。
建物ひとつ飲み込むほどの小さな太陽が、彼女の前に生成され、低音とともに撃ち出される。
それに対して、こちらはみっつの魔法で応戦する。
『ここは野の果て地の果てか
大地がひび割れ田は荒れる……』
【
『凍てつく氷が私を包む
焼けつくような痛みも過ぎれば……』
【アイスドーム】。
『目の前に迫る赤い脅威を
誰の所為かと問い詰めるのは後にしよう……』
【
水と氷のドームで火の玉の勢いを殺し、風で受け流した。
自身が撃ち出した炎で視野が遮られ、クシナサラは僕の接近を許した。
虚を突かれただろう。どれだけ強くても君はルーキー。経験不足だ。
そして僕は、君が思っているよりも、早口言葉がうまい。
ぎり、と歯噛みした。
なんだろうな、この気持ち。
ああ。僕には、君と分かり合えないが、とても……。
とても、寂しいんだ。
いつも僕に話しかけてくれて、笑いかけてくれる、共通の話題を持った友人である君だから。
辛いときは励まして、支えようとしてくれる、君が―――。
ペルソナを外して話し合えば、あるいは分かり合えただろうか。
いや、きっと、分かり合えないんだろうなぁ。
現実世界で分かり合えて、夢世界で分かり合えなくなったら、いよいよ縁が切れてしまう。
だから、これでいいんだ。これで。
『水は凍って空気の下へ
地は枯れて割れる
凍える獅子の牙が足元から忍び寄る
生命を停滞させる死の刃だ
いつでもよい そう言って君が微笑む
私は君に微笑み返す いつでもいい
だから始まりはきっと来ない
これまでも、これからも、私はそれを携える』
ああ、でも、やっぱり君と―――。
分かり合いたかったなぁ。
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