第16話
準備は滞りなく進み、幽王組の根城のあるバブルまでやってきた。
いつぞやの高層ビルが建ち並んだ、現代的なバブルだった。電気が通っていなくても、エレベーターが動いている。
雑草ひとつ茂っていない生命力の感じられないコンクリートジャングルに対し、建物は虫食い跡みたいにボコボコと風穴が開いている。
「腕が鳴るな」
ヴィルヘルムを先頭に、背後には闘技者と思われる人たちが並ぶ。個性的な軍隊だ。宇宙服みたいな格好のやつもいれば、ハイレグの競泳着姿のやつもいるし、海パン一丁のマッチョメンもいる。
夢の世界だから、これといった整合性はない。各々、これが一番という格好でいる。
「やつらを殺すことは未来に起こる殺人を防ぐ。躊躇わず殺せ」
僕は全員にそう声をかける。
三番街フォーク村から出た戦士たちの格好は、現実世界で歩いていてもおかしくないようなものばかりだった。僕もそうだけど。
村の雰囲気に合わせるうちに、自然とそうなっていたんだろう。
コロシアムという場では見せ合うことも大事になるから、とにかく派手なやつらが多い。
早くも価値観の違いが露になっているな。
「来たぞ、迎え撃てぇぇぇ!!」
そして、幽王組のアジトになっている和風な建物の窓から、ザ・下っ端みたいな感じの男が顔を出し、唾を飛ばしながら叫ぶ。
「閉じろ」
「はっ」
『そんなに急いでどこ行くの?
あなたがどんなに慌てていても
時計の針は等しく動く
だから落ち着いて、これからのことを考えよう
まずは昨夜見たという夢の続きを教えておくれ』
【カプカル】!
僕の指示により、周囲一帯に魔法の檻がかけられる。
この檻の中ではテレポート系の遠隔行動が全てシャットアウトされる。
これで僕らは、歩いて出る以外に退路はなくなった。
「さぁ、戦いの狼煙は上げられた! 試合開始だ!」
おお、と闘技者たちが活気づき、ドタドタと建物に突っ込む。
僕は半歩引いて、全体を見ようと思った。
幽王組も、さすがに攻め込まれることにたいして無策ではない。
方々に恨みも買っているだろう。襲撃も今日が初めてじゃないはずだ。
……いや、それにしても、やけに迎撃の手際がいい。まるで今夜攻め込まれていることが分かっていたかのような対応だ。
とはいえ、戦力を整えたこちらのほうがさすがに優勢だ。押し切れる。
幽王組の事務所前の、ちょっとした日本庭園みたいな場所で、スペルと日本刀が飛び交う。
『めら、めらと燃え広がる
触れることのなかった温もりに触れた
あれは誰だ、どこの誰だ
すべてを捨てて燃やして見せよう
浸食する赤い毒は空へ舞い
深い悲しみは絶望を生む
焼けよ』
【フレム】!
『亀のように殻に閉じこもって
一生を終えることはできないが
今だけは自身の殻に甘えよう』
【アクアコウラ】!
猛る炎に冷たく舞い散る水飛沫。雷撃は頬をピリリと撫で、土柱の生成は大地を震わす。誰が夢に描いた地獄絵図。天変地異さえ自在に引き起こす超人たちが、スペルを口走り戦いあっている。
「お前ら、例の戦法でいけ!」
幽王組の組員たちは、武器を手放し、腕をそれぞれ霧状に広げ始めた。
「……!? なんだ?」
「これは、報告にあった、強盗が使ってきた戦法だ!」
翻弄される戦闘員たち。
僕はいち早くスペルを唱えていた。
『目の前に迫る赤い脅威を
誰の所為かと問い詰めるのは後にしよう
どうせ修行僧の仕業じゃないか
葉鞘でもなんでもいいからさ
あれをどうにかしようじゃないか』
【
ごう、と強風が吹き荒れる。
「……風?」
誰かが疑問を浮かべている。
ちっ、と僕は舌打ちした。
何でもできる夢の世界で、”一度見た技をコピーできる”なんて当たり前のことだ。僕のミスト戦法が、おそらくあの錆びたクジラ号の中で見聞きした人間から流布していったんだ。
だが、自分で編み出した戦法の解答くらい、見つけていないはずがない。
「う、腕が……っ!」
「千切れちまうぅ!」
霧には風。常識だ。
受ける面積が広くなった彼らにとって、攻撃ではないただの風でもダメージになる。
「ミストはこれで対応しろ!」
僕はそう指示を出し、あくまで、じっくり観察する側に徹する。
僕が戦線に加われば、もっと簡単に、早く、効率よく敵を倒すことができる。
でも、まだだ。
激しい戦闘の熱に呑まれないように己を律しながら、ヤマトとの会話を思い出していた。
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