第3話
僕は、どこへでもなく廊下を歩く。
ちらりと振り返ると、彼女、クシナサラはしっかりついてきていた。
ウチの高校は、女子に制服がない。
リボンとかもなく、みな一律で白いワイシャツ一枚で過ごしている。
でも校則は割と緩くて、オレンジとか赤色とかのリボンをしてくる女子生徒もたまに見かける。あるならあるで煩わしそうだが、ないならないで欲しがる。人の性か。
クシナサラは、そういう飾り気を見せる女子ではけしてない。
アイロンをかけてパリッとしたシャツに、柔らかな肩のライン。ふわりと広がる清潔感溢れるスカートを履いていて、余分なものが一切ない。
靴下もくるぶしまでのもので、長い生足がすらりと伸びている。
最近ルーズソックスとかいう、バネバネの実の能力者みたいな靴下が流行っているらしい。
そのルーズソックスというのも、実は僕らが生まれる前に流行ったものらしい。
女子の靴下の歴史は古い。と、夢世界で靴下フェチの男から聞かされたことがある。
別に聞きたくなかったけど。
ルーズソックスは、ビルひとつ建つほどの巨大ビジネスと化したのだ。
別にいいじゃん靴下なんて、と思ってしまうのは僕が男子だからか。
女心わかんねー。
まぁでも、そんな僕でもクシナサラの生足は綺麗だ、と思う。
引き締まっていて、余分な脂肪が少なくて、早そう。
人目のつかなさそうな特別教室への渡り廊下につくと、窓際の小さなスペースに腰を下ろし、弁当の風呂敷を広げた。
「どーして僕にばっか声をかけてくるのかね、クシナサラ」
「夢世界での会話ができるのは君だけだからだよ、チクタク」
いつしか、お互いフルネームで呼び合うような関係になっていた。
彼女とは甘酸っぱいような関係ではない。ただ、ひょんなことから互いが夢の世界に行っていることを知り、その縁で話しかけられることが増えた。
ただ、向こうの世界でどんな顔をしているのかはお互いに知らない。
「女子高生と対等に話せるのは男子高生の特権だよ。生かしなよ。チクタク」
「女子高生とかしょんべん臭いだけじゃん。何が良いの」
「しょーがないでしょ。垂れるのよ、構造上」
「否定の仕方ちがくない?」
「女子高生ほど綺麗な生き物、この世に存在しないから」
「それは男子高校生の妄想だよ」
「おっさんもそう思って生きてるよ」
「なんでおっさんの脳内を君が代弁するんだよ」
そんなどうでもいい会話を挟みながら、本題に入る。
僕らの主題は、男女の性差の話じゃなくて、夢の話だ。
「で、今度は何用?」
「戦闘用。戦いは結構できるようになってきたんだ。CPUの雑魚キャラ相手なら、もう相手がいないほどにね」
「CPUじゃなくてノーチラス。夢世界の原住民ね。確かにあいつらはまぁ、そこそこレベルが上がれば倒せて食べれるようになるだろうけど」
「ノーチラスは核であるハートを砕くと、ジグソーピースみたいに砕け散って、食べられるんだよね。そして、食べれば食べた分、魔力レベルが上がって、強くなってく」
「そう」
「ノーチラスって、変わった形してるの、多いよね。悪魔とか、ミノタウルスとか、赤鬼みたいな姿とかさ」
「え、そんな物騒な姿のノーチラスいるの」
「え、違うの?」
「ノーチラスに定形はないけど、ゴブリンとか、コボルトとか、オークとか、骸骨剣士とか、そういうのが多いかなぁ」
「へぇ、そうなんだ。個体によっては飼えたりもするかな?」
「無理でしょ。僕らの体だってシリムできてるんだよ。あいつらからしたら、ペットフードに世話されるみたいなもんじゃん」
「そりゃそうね。倒すしかないか。まぁ、そっちは苦労してないけど」
「ずいぶん腕に自信があるみたいだね」
「ふふん。夢の世界でも敵なしよ?」
そういって、クシナは細い二の腕で、力こぶを作るようなポーズを取る。
細くしなやかな体。中学時代はバレーボールのエース選手だったと聞く。
それがなぜか、故障したとかで、引退したらしい。
詳しくは聞いていない。
「順調なら僕に相談するまでもないでしょ」
「いやいや、そこは教えてよ、大先輩。もう100年以上、向こうの世界にいるんでしょ?」
「んー、まぁ」
そう言われればそうなのだが、と僕は言葉を濁す。
100年も生きてその体たらくなのか、とか言われたくなかった。
そんな僕を他所に、クシナサラはパクパクと弁当をつつきながら、無作法でないレベルで器用に質問を続ける。
なお、彼女の弁当箱は、よくある女子特有の可愛らしい弁当箱ではない。僕と同じで、無機質なステンレス製の、でっかい弁当箱だ。
「夢の世界はあらゆる物質がシリムでできているから、時間もシリムで出来ているんだよね」
「そう」
「で、皆のシリムで夢世界は存続されている。世界中の誰もが眠っていない時間はないから、夢世界が途絶えることはない」
「そう」
「だけど、夢は交錯しない。例えば今日、6月2日の夢と、明日6月3日の夢は交わらない」
「そー」
「んー、でも、6月2日が1年続く場合もあるんだよね?」
「せやで。6月2日が10年続くこともあれば、6月3日が1夜で終わることもある。だけど、夢と夢は決して交わらない。夢は常に交錯して、記憶を引き継ぎ、チグハグながらも形を継続している」
「だから地形とかが常に変わっちゃうんだよね。変に現代チックな街並みもあれば、弥生時代の集落みたいな場所もあるし。そういう土地を動かさないよう固定できる人たちが……えっと」
「ナイトキーパー。町や村の長になる」
「ふんふん、なるほどなるほど」
そう言って、クシナサラは細い足を組んでこちらに顔を近づけ、形の良い口をにやりと動かして笑みを作る。
勝気な少女の不敵な笑顔。僕が女だったら惚れていたかもしれない。
彼女が、なぜいきなりそういう態度を取ってきたかは、察してわかる。
急に色気を使いだしたとかそういうわけじゃない。僕らの仲だから。
で、君はどこの土地にいるの? と、ワンチャン教えてもらえるのを期待しているのだ。
「言っておくけど、僕がどこに所属してるかは言うつもりはないよ」
「ケチ」
「ケチじゃないよ。現実と夢世界を甘く見過ぎだ。”ペルソナ”さえあれば夢世界では顔情報を見られることはないけど、ペルソナを剥がされれば、即座に現実と夢世界が繋がる。このふたつは、けして繋げちゃいけないんだ」
ペルソナは、夢世界の認識阻害装置だ。
誰にでも簡単に作れるもので、無意識に作って身に着けている場合も多い。
そういう意味では、心の壁とも呼べる。
頭部につけるものならなんでもよくて、マスクでもいいし、イヤリングでもいいし、僕のようにヘッドフォンでもいい。
それを外されない限り、僕らは夢世界では顔を認識されないのだ。
いや、認識させてはいけないのだ。
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