第45話:この間、実はリリィをお姫様抱っこし続けている

「た、逮捕状だと!? ふざけるなぁっ! そんなもの偽物に決まっているではないかぁ!!」


 怒鳴り散らすレチェリー公爵とは対照的に、スレイ殿下はまじまじと逮捕状に見入っていた。


「スレイ兄上、まさかここに記された父上の名を、見間違えはしませんよね?」


「それは……」


 スレイ殿下は拳を握りしめて黙り込む。


 悩んでいるんだろう。この場でルーカス王子が提示した逮捕状を偽物と断じるか、それとも本物であることを認めるか。認めたとしてどのようなスタンスを取るべきか。


「なぁにをしておるか、スレイ! この痴れ者をさっさと摘まみ出さんかぁ!」


「は、いや、しかし……!」


「スレイ! この私の力が必要なのだろう!? 王になりたければ私の命令に従え!!」


「……っ」


 スレイ殿下は唇を噛み、ルーカス王子に向き直る。


「ルーカス、その逮捕状がもし仮に本物だと言うならば、レチェリー公爵が人身売買に関与したとする証拠を示せ! 証拠もなく罪を追求しているならば、それは我が陣営を貶めんとする謀略に他ならない!」


「ならば、証拠を示しましょうか」


 ルーカス王子がパチンッと指を鳴らすと、会場後方の扉から白地に青のラインが入った鎧に身を包んだ10人ほどの騎士たちが現れる。


 その先頭を歩くのはぼさぼさの茶髪と無精ひげの騎士だ。その後ろにはアリッサさんの姿もあり、こちらに笑顔で手を振っている。


「〈剣聖ソードマスター〉!?」

「ロアン・アッシュブレードだ……!」


 ロアンさんの登場に貴族たちは騒然とする。王国騎士団の副団長だけあって、貴族たちからも一目置かれているようだ。


「王国騎士団だと……!?」


「馬鹿な、どうして連中が……っ!」


 王国騎士たちの登場にスレイ殿下とレチェリー公爵は瞠目する。この状況は彼らにとってあまりにも予想外の連続だろう。ルーカス王子に乱入され、リリィに婚約を破棄され、挙句の果てに騎士団の登場。


 既にこの夜会は、事前の計画通りルーカス王子によって乗っ取られているのだ。


「やあ、ロアン。お願いしていた物は持って来てくれたかい?」


「ここに、殿下。レチェリー公爵が人身売買組織との間で交わした密書、並びに他国の商人と思われる人物から得た多額の資金の明細です。どちらもレチェリー公爵の書斎から発見しました」


「な、ぁ……」


 ロアンさんが提示した証拠にレチェリー公爵は言葉を失う。


 一方、これまで事態を静観していた貴族たちはにわかに騒然となる。もしもこの証拠が本物ならば、レチェリー公爵は大罪人だ。こんな大勢の前で告発されては公爵家の権力で無かった事にも出来ない。


 大罪人と手を組んだスレイ殿下も無傷では済まなくなり、目前に迫っていた王位も大きく遠のくだろう。


「でも、私とレチェリー公爵の婚約は破棄された。だから今なら全ての責任を公爵に押し付けることが出来る」


 そう、それがルーカス王子とリリィが立てた計画の肝だ。


「これはどういうことか説明してもらえるか、レチェリー公爵!」


 スレイ殿下はルーカス王子ではなくレチェリー公爵に対して声を張り上げる。彼の中で今後の方針は定まったらしいな。


「ば、馬鹿な……っ! ありえん! そんなものデタラメだぁっ!!」


 レチェリー公爵は必至な形相でロアンさんの示した証拠を否定した。彼の表情からは怒りよりも困惑と焦りが浮かんでいる。


「ならば今ここで、〈鑑定〉のスキルを持つ者に調べさせてみましょう。ちょうど騎士団に一人、〈鑑定〉スキルを持つ者が居ます。それからスレイ兄上、今日の夜会の参加者にも〈鑑定〉スキルを持つ者が居ればご協力願います。その方がより確証を得られますし、兄上としても信用できるでしょう?」


「……いいだろう。〈鑑定〉スキルを持つ者は前へ!」


 スレイ殿下の呼びかけで、夜会に参加していた貴族から二人がステージ近くへ歩み出た。騎士の一人と合わせて三人が、ロアンさんの提示した証拠を見つめる。彼らの瞳は一様に淡く水色に光っていた。〈鑑定〉スキルを使用している証拠だ。


 証拠品に目を通し終えた彼らは三者三葉の表情を浮かべる。


 騎士は覚悟を決めるように引き締まった表情、貴族の二人はどちらも顔色を青くして、不安と戸惑いの感情をそれぞれ浮かべているように見える。


「結果はどうだったかな?」


「はっ! これらは全てレチェリー公爵によって書かれたもので間違いありません!」


 ルーカス王子の問いに騎士はよどみなく答える。


「ば、馬鹿なことを言うな! 私は何も知らんぞ!? そんなものあるはずが無いのだ!」


「…………何をしている、早く結果を言え」


 スレイ殿下は喚くレチェリー公爵を無視し、貴族たちに鑑定結果を言うように促す。彼らは互いの顔を見合わせ、恐る恐る口にした。


「間違い、ありません」


「どちらもレチェリー公爵の直筆です……!」


「う、嘘だ……、そんなはず……っ」


 レチェリー公爵はよろめいて後ずさり、足を絡ませて尻もちをついた。その表情は戸惑い一色で、知らないと首を何度も横に振る。


 レチェリー公爵はロアンさんが示した証拠品について、本当に何一つ心当たりが無いのだろう。それを〈鑑定〉スキル持ち三人が揃って自分の直筆だと言っている。前世風に言えば狐につままれたような気分だろうな。


 だけどあの二つの証拠品はレチェリー公爵の直筆で間違いない。そしてレチェリー公爵にその自覚が無くても仕方がないのだ。


 なんせこの証拠品はどちらも、




 俺が〈洗脳〉スキルで、レチェリー公爵に書かせたものなのだから。

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