悪役のボスキャラに転生してしまったが悪事は性に合いません。

塩ハラミ

転生

5歳の誕生日を迎え、夜になり眠ろうとしたその瞬間、僕は前世の記憶を突然思い出した。

前世の僕はごく普通のサラリーマンだった、仕事に追われ、特に大きな夢もないまま、淡々と日々を過ごしていた。

そんないつも通りの帰り道、信号無視をして突っ込んできたトラックに轢かれ、あっけなく命を落とした。

そして僕はアスウール神国の王太子、ラスト・アスウールとして転生していた…みたいだ。


「転生…転生かぁ…ちょっとまて、ラスト・アスウール?」


頭の中が混乱する中、さらに大事なことを思い出した。

ラスト・アスウールは前世で僕がハマっていたRPGゲーム『勇者の書』に登場する悪役の名前と一緒だ、いや何なら周辺国の名前も勇者の書で見たことがある、まず間違いなくこの世界は『勇者の書』に近しい世界だろう。


僕の容姿は母譲りの金髪に白い肌、父譲りの金色に輝く瞳、そして美形だ。

ラスト・アスウールは自身が持つ強大な力に溺れ、次第に傲慢になり、そして主人公たちと敵対する。

最終的には膨大な魔力で光と雷の魔法を操り、主人公たちとの死闘の末、敗れてしまうというキャラクターだった。


「よりによって、ラスト・アスウールか…参ったな。勇者の覚醒に絡むんだったか…」


僕は思わず頭を抱えた。

傲慢な悪役なんて正直性に合わない、まぁそもそもシナリオ通りに生きる必要なんて無いが、後に出てくるラスボスの対処をどうするかという話になる。

僕は少し気持ちを切り替え、今後のことを考え始めた。

幸いなことに、物語が始まるのはまだずっと先、主人公が15歳の時にゾラン帝国の帝都にある学園に入学するところからだ。

そして同時期にラスト・アスウールも同じ時期に学園に通うことになる。


「10年後か、悪役として生きる気がない以上、あらゆることに対処できるように強くならないとだな」


ゲームではラスト・アスウールは光と雷の魔法を操るキャラクターだった。

光の結界を生み出して防御力上昇、光の槍をいくつも生み出して全体攻撃、巨大な光の剣を生み出して強力な単体攻撃、雷を連続で放って状態異常を付与。

彼の圧倒的な魔力と才能は、今の僕にもきっと宿っているはずだ。


「でもなぁ…問題はそこじゃないんだよな」


僕が原作通りに悪役として動かないと、主人公が強くなるきっかけを失ってしまう可能性がある。

ゲームの流れを大きく変えてしまえば、勇者としての成長に支障が出るかもしれない。

ラスボスに対して勇者の力が有効な以上、勇者の成長は必要不可欠だ。

勇者が覚醒するのはラストが勇者の妹を誘拐して、非道なことを行い、怒り狂った勇者が覚醒するという展開だったが、正直やる気は起きない。


「悪役なんて性に合わないよなぁ…」


悩んだ末に、僕は眠気に負けてそのままベッドに倒れ込んだ。未来のことは考えたいけれど、まずはこの現状をしっかり受け入れるしかない。


「……とりあえず、強くならなきゃな」


そう思いながら、いつの間にか僕は眠りに落ちていた。






朝、目が覚める。しばらくベッドの中でぼーっとしたまま、天井を見つめていた。

そうだ、前世の記憶を思い出したんだったか。


「ちっ、夢じゃなかったか」


そう呟いて、体を起こした。ちょうどその時、扉がノックされ、部屋に音が響いた。


「ラスト様、お目覚めですか?」


メイドの声がかかる。

僕は少し体を伸ばしながら「起きてるよ」と答えると、「失礼いたします」と言って扉が開いた。

いつも通りメイドたちが数人、部屋に入ってきて、手際よく僕の着替えを始める。

メイドたちが丁寧に服を整え、着替えさせてくれる。僕は特に何も言わず、彼女たちの手に委ねた。

変に前世の記憶を思い出したものだから違和感を感じる。


着替えが終わり、部屋を出ると、扉の外で待機していた聖騎士たちが二人、頭を下げた。

「おはよう」と僕が声をかけると、聖騎士たちは声を揃えて「おはようございます」と返してきた。

そのまま僕は朝の食事へ向かうことにする。聖騎士二人が護衛として後ろをついてくる。

僕が住むこの城は、まるで巨大な神殿のような造りになっている。高くそびえる天井、彫刻が施された柱、広大な回廊、どこを見ても圧倒されるほどの美しさと威厳がある。

しかし、かなり広いため目的地まで移動するのにも時間がかかる。


しばらく歩くと、大きな広間に到着した。

走り回れるほどの広さがあり、その中央には丸くて大きなテーブルが鎮座している。

ここで毎朝の食事を家族と共にとっている。僕が広間に入ると、後ろにいた聖騎士たちは広間の端へ移動し、静かに控える。


テーブルにはすでに、僕の母親である第一王妃のラフィア、第二王妃のメリンナ、そして第三王妃のルナが座っていた。

メリンナ様は現在、妊娠していてお腹が膨らんでいる。みんながそろっている光景はどこか和やかだ。


「おはようございます」と僕が挨拶すると、それぞれが優しく微笑んで挨拶を返してくれる。

僕は父上が座る大きく豪華な椅子の隣に腰を下ろした。すると母上が微笑みながら話しかけてきた。


「昨日はよく眠れた?」


「うん、いつも通りよく眠れたよ」


もちろん、昨夜の転生の記憶を思い出したことについては触れない。まだ誰にも話すつもりはないしな。


少し談笑をしていると、重い足音が広間に響き渡った。

2メートル半はあろうかという巨大な体躯、筋骨隆々とした肉体、父であり、この国の神王であるギース・アスウールが、ゆっくりと歩いてきた。

黒髪に金色の瞳、威圧的な存在感を放ちながらも、その表情はおおらかで穏やかだ。


「すまん、少し遅れたな」


父上はそう言って、僕の隣の大きな椅子にどっかりと座った。家族全員がそろったところで、次々と料理が運ばれてきた。テーブルの上に、大量の肉料理、パン、スープ、果物、そして数多くの副菜が並んでいく。

大きなテーブルを埋め尽くす勢いで運ばれてくるが、これが過剰な量というわけではない。父上がとにかく食べるのだ。僕もこの歳にしては食べる方だと思うが父上ほどじゃない。


しばらくの間、食事の音だけが広間に響いていた。父上は食事中にあまり喋らない。

出来立ての飯をなるべく温かいうちに食べるのが好きらしく、僕たちもその雰囲気に従っていた。

おかげで、テーブルの上には豪華な料理の数々が次々と消えていく。


やがて、全てを食べ終えた父上が大きく息をついた。


「ふぅ、美味かったな…ラストよ、今日はなんの日か覚えているな?」


僕は一瞬、思考を巡らせてから答えた。


「魔力属性を調べる…でしたか?」


その答えに父上は満足げに頷いた。


「そうだ、この後早速行くぞ」


僕は頷きながら、ふと思いついたことがあった。今のうちに父上に頼んでおこう。


「父上、頼み事があるのですが」


「なんだ?言え」


父上はすぐに答える。その視線は鋭いが、僕に対する信頼のようなものも感じる。


「魔力属性が分かったら、魔法の鍛錬を行いたいのですが…」


父上はしばらくじっと僕を見つめていた。まるで僕の本心を見透かすような眼差しだった。


「ふむ……少し早いが、属性が分かり次第手配するとしよう」


「ありがとうございます」


父上は席から立ち上がり、母上に向かって言った。


「では行くとするか。ラフィアも来い」


母上は微笑みながら、ゆったりと立ち上がる。


「ええ、楽しみね」


僕も立ち上がり、メリンナ様とルナ様に軽く会釈をして、父上と母上の後を追った。


しばらく歩き、長い階段を上がると、儀式の間に到着した。

天井がなく、広大な空に開けた神秘的な広間で、まるで天と地が繋がっているような空間だった。

すでにその場には、前神王であり、ギースの父でもあるゼルース様と数人の神官たちが待っていた。

爺様はご高齢にもかかわらず、驚くほど元気そうで、腰も曲がっていない。まるで時が彼を置き去りにしたかのように、威厳を保っている。


「おぉ、来おったか」


爺様が僕たちを見つけて声をかけてきた。父上もすぐに応じる。


「待たせたな。準備は?」


「もう終わっとる。ほれ、ラストよ、こっちへ来なさい」


爺様の言葉に促されて、僕は爺様の元へと向かった。

すると爺様は優しい笑顔を浮かべ、僕の頭に手を置いて撫でてくれた。


「日に日に大きくなっていくのぉ」


その手の温かさに、自然と微笑んでしまう。


「僕は何をすれば?」


「簡単じゃ。あそこの中央に立っているだけで良いぞ」


爺様はそう言って、儀式の間の中心を指差した。

僕は言われた通り、広間の中央へと歩みを進めた。立ち位置に着くと、爺様と神官たちが儀式の準備を始め、複雑な詠唱が響き渡り始めた。

聞き慣れない言葉が風のように流れていく。やがて地面がぼんやりと光り始め、その光が僕の立つ中央に集まってきた。


「おお…」


僕は思わず足元を見つめた。

すると、体全体が温かくなるような感覚と共に、体から明るい緑色の光の粒子が溢れ出し、周囲に雷が発生して、空気がピリピリと震え始めた。

そして次の瞬間、僕の体から強い光が天へ向かって放たれた。

その光景は、まるで劇的な演出のようだった。

すると爺様の声が響いた。


「癒し、雷…そして光か。それにこの魔力量…」


次の瞬間、全能感が僕の体を支配した。

溢れ出てくる力が僕に周囲の人間を支配しろと訴えてくる。

僕は必死にそれを抑え込み、膝をつく。

しばらくそれが続き、それが収まる頃には疲労で倒れ込んでしまった。








「なんと…!力酔いを自力で抑え込みおった!」


ゼルースが心底驚いた表情で言う。ギースも驚いた表情でラストを見つめる。ラフィアは心配そうな表情を浮かべて問いかけた。


「ラストは大丈夫なのですか?」


「おお、大丈夫だとも。これは我々の一族にありがちなことでな、普通の人間なら発現する力も小さいために軽い高揚感に収まるのだが、我々は発現する力が大きくてな。

通常なら力を抑えきれずに暴れ回る。それを我々で強引に抑え込むのが恒例行事みたいなものなのだ。

ギースも暴れ回って儂がボコボコにしたもんよ」


ゼルースが当時のことを思い出したのか、くつくつと笑う。

神官たちがラストに異常は無いか調べるが、特に異常は無いと報告した。

 

「しかしここまでの力、見たことが無いな。先祖返りか?」


「カカカ!先祖返りとなると神になるではないか!

………だがまぁ、あながち冗談ではないかもしれんの」



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