第3話 隣席の奇妙な男子
教室の戸をそろりと開けて中にスッと身体を滑り込ませる。そして息を潜め出来る限り音を立てないようにしてゆっくりと自分の席に近づく。別に寝坊して遅刻したわけじゃない。ホームルームまではまだかなり間がある時刻だ。
ではなぜ私こと
その原因とは私の隣席で毎朝机に突っ伏してスヤスヤと眠る男子生徒、
私が通う竜胆学院総合高校の総合学科は全部で六クラスあって一クラス三十人で構成されている。クラスのうち男子数は多くて十名、大抵七名から九名というのが普通だ。その中でもうちのクラスは男子六名、女子二十四名、なんと男女比1:4という超女子過多のクラスである。そんな中で入学早々男子の隣席になれたという事は人も羨む幸運と言えよう。ましてや毎朝その貴重な寝顔まで拝見できるなんて・・・
朝のホームルームが始まるまでのわずかな時間、隣の席からその寝顔を見詰めていたいと思ってしまうのは私だけではない筈だ。 でも何故か私が着席する前に彼は必ず目を覚ましてしまう。どんなにそっと近づこうともだ。そしてその後彼はいつも
「ふぁ~~~。 あぁ、おはよう。
そう言ってゴワリとした黒い前髪のベールを白く硬そうな指で無造作にかき上げると冷たく澄んだ
そして今日もまた・・・・ってあれ? いないじゃん! 遅刻? それとも休み?
「おはよう、真鈴! あら、今日はまだ来てないんだ? 真神君。」
ショートカットのシュッとした顔立ちの女子が私の後ろから隣の席を覗き込んでそう言った。程よく日に灼けた小麦色の肌と引き締まった体幹からスラリと伸びた長い手足、
「そうみたい・・せっかく透明人間になったつもりで起こさないように頑張ったのに意味がなかったよ。」
「いや、透明人間になること自体意味ないでしょ、相手は寝てるんだから。視覚じゃなくて聴覚に気を配らなきゃ。」
「えーー 音だって目一杯気を配ってるよ。でも真神君、何故かいつも絶対気がついちゃうんだよ。なんでだろ?」
「じゃ後は‥‥臭覚・・かな?」
「エッ、臭覚! わ、私が・・・臭いって事?」
「ひょっとするとそうなのかも?」
「そ、そんなぁ! 夜は毎日お風呂に入っているし、身体も隅々まで綺麗に洗って、下着も全部取り換えて・・・朝は制汗剤スプレーを腋の下とブラの谷間に吹いてスカートの内側には
「はい、真鈴、ストップ! そこまでよ! 朝からなんてこと口走ってんのよ!
聞いてるこっちの方が恥ずかしいわ! 臭いが原因なんて冗談で言ったのに決まっているじゃない! そんなもの人間レベルの臭覚で判るはずないでしょ!」
「へ……冗談だったの?」
「当り前よ! それと
「・・・・・・」
友人の思わぬ指摘に私は何も言い返せず黙るしかなかった。朱里はそんな私の気持ちを察したのか続けてこう言った。
「まぁ、真神君はうちの男子の中でもちょっと……その…毛色が変わってるけど。」
朱里の言いたいことは私にも分かる。うちのクラスは男子のレベルが結構高い。
人数が少ない分、学校側がそう配慮したのかどうかは分からないけど残り五人のうち松坂君と佐藤君の二人は女子の間でそれぞれ王子、天使と称される二大イケメンであり宮本君はテニス競技において全国レベルと謳われる期待の新人だ。見た目も結構イケている。後の二人は突出した特技は無いがルックス、スポーツ、勉学の全てにおいて平均以上のレベルと言えるだろう。
そんな中で真神君の立場は微妙だ。いや決して見てくれは悪くない。背は高いし引き締まった細身の身体としなやかな長い手足は充分に格好良い(と私は思う)。
顔立ちについては
王子や天使の顔は美の神が様々な彫刻刀を使って丁寧に彫り上げた作品、真神君の顔は武の神が
荒削りで武骨ながら気品のある整った顔だ(と私は思う)。
勉学についても彼は特進学級のメンバーである。特進学級というのは総合学科六クラスの中から選ばれた二十名の成績上位者から成る集団で他の生徒達とは別の授業システムに組み入れられた存在だ。普段は総合学科のクラスの一人として授業を受けるが週の内、平均6から7コマほどは別の教室で特進学級の授業を受ける事になる。
要するに特進学級とは竜胆学院独特の教育システムでありいわば受験戦争における特別強化部隊と言ったところだろう。そのメンバーに選ばれているという事は真神君は勉学において上位10%に属する学力を持っているという事になる。という事は勉学もルックス(やや独特ではあるが)も優秀という事になり一年生の女子の中でも人気が出るであろう筈・・・なのだが現実はそうでもなかったりする。
何故か? それは彼の言動が少し、いやかなり特異であるからだ。
入学式当日のクラスにおける自己紹介で彼は目隠れ状態にマスクというほぼ不審者に近い恰好で教壇の上に立つと黒板に大きく
「名前は
えーと、あ、それから自分は目の色が少し変わっていて灰色です。祖母がカナダ人なので父はハーフ、自分はクォータ―になりますがその影響だと思います。でも自分は日本から出た事はありません。ですから英語は片言程度しか話せません。まぁ、後は普通の日本人なので気にしないでください。
これからの一年間、よろしくお願いします。えー、特に質問が無いようでしたらこれで終わります。」
二回も気にしないでくれと言った割にはツッコミどころ満載の自己紹介をしておいてそのままさっさと自分の席に戻ってしまった。私も含めてだけどクラスの人達は相当に不可解な印象を持ったと思う。あれから三ヶ月が過ぎてクラスの中にも部活繋がりやゲーム繋がり、芸能人の推し繋がりなどでいくつものグループが出来た。私も朱里もその中のいくつかに仲間がいる。
しかし真神君には仲間らしきものが居ない。所謂ボッチだ。でも特進生だからモブとは言えないだろう。大体クラスにおいて貴重な男子である時点でモブじゃないけど。
そして意外な事に人から話しかけられれば普通に受け答えするし穏やかで理性的な会話が出来て話題も豊富だったりする。だから陰キャでもないしコミュ障でもない。
じゃ陽キャなのかというとそうではない。彼は自分から他の人に話しかけることをしないのだ。部活動にも入らず何度かあったクラスの懇親会にも来ない。筋金入りの帰宅部員である。
昼休みは椅子に座って一人静かにスーパーもしくはコンビニで買ったと思われるパンや弁当を食べている。で授業が終わり放課後になってしばらくするとスゥ―――ッと消えるように居なくなってしまうらしい。
その消え方は見事なものでいつどうやって居なくなったのか誰も覚えていないのだ。そこに座っていたことは覚えているのだが気が付いてみると居なくなっていた、そんな感じらしい。そして翌日の朝には教室の机に突っ伏して安らかな寝顔を晒したまま寝ているのである。
しかし私からすれば不思議なのは彼が誰にも気付かれず教室を退出する事じゃない。本当に不思議なのは誰もその事を疑問に思わず関心すらもっていない事だった。
みんな まぁそんなことはよくある事さ、どうでもいいじゃん て感じなのだ。
それってもう超能力、魔法、オカルトじゃないの? って何故思わないの?
それでは隣席のお前はどうなんだという事になるが私は毎日放課後になると朱里と一緒にすぐ部活(剣道部)に行く。新入部員は先輩達よりも先に武道館に行って部活の準備をしなければならないからだ。つまり真神君が帰宅するのは私が部活の為に教室を出た後ということになる。だから彼が帰宅するために教室から出ていくのを見た事は無い。
そこで私は昨日の放課後、直ぐに部活に行かずに教室に残って彼が帰宅するのをこの目で見届けることにした。部活の方には朱里に頼んで遅刻の為の適当な言い訳を伝えて貰った。そして椅子に座りさっきの授業のノートを読むふりをしながらじっとその時を待った。
最後の終業チャイムが鳴ってから約十分が過ぎた頃、真神君がスッと椅子から立ち上がった。そして
「真神君、さよなら」
と声を掛けて手を振った。彼は少し照れたように微笑むと
「さよなら」
と手を振り返してそのまま教室の
彼が出ていったその後で先程の女子達が ” キャア ” と小さな歓声を上げていた。
うーん……やっぱ潜在的な人気は結構あるのかも?・・・・
まぁ変わった事と言えばそれくらいで後は何の変哲もないごく普通の帰宅だった。
私のように特に意識して見ているのでなければ気が付かないかもしれない。それぐらいサラリとした目立たない行動であった。ただ今回は三人の目撃者がいる。そこで私は彼女達に話しかけた。
「ねえ、貴方達、さっき彼に手を振っていたよね。ひょっとして真神君のファン? 三人そろって彼が推しだったりして。」
彼女達はきょとんとした顔で私を見た。そして驚いたように言った。
「アッ ・・・あれ? 真神君いないじゃん! 」
「嘘? あ、ホントだぁ・・・いない。ハルミ、あんた見張ってたんじゃないの?」
「エッ! アレッ? あ、あたしちゃんと見てた・・筈なんだけど・・・なんで?」
いや、何言ってるの? あんた達、さっき
覚えてないの?
「でも・・まぁ、別に構わないかな? それ程残念ってわけでもないしさ。」
「あー それもそうかも。 どっちでもいいって感じかもしんない。」
「また今度、気が向いた時に声かけてみればいいんじゃない?」
成程・・・あんまり彼の人気が出ない理由が分かった気がする。絶対マインドコントロールかなんかされてるよ、これ。
狼人高校生白書 ダークライト @darklight
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