その美獣の名は魔王と云う
dede
その幼馴染は凡人
「いまどき番長ってどうなのさ?」
「母さんの時代も居なかったわね、番長」
「……勝手につけられただけ。私はそういうのと違う」
真澄は俺を一瞬睨みつけてそう言うと、味噌汁を啜りながらそっぽを向く。
大型な猫科の動物を彷彿とさせる、しなやかに伸びた手足にやや小麦色に染まったきめ細やかな肌、色素の薄いサラサラの髪。これで髪は地毛だし肌は屋外活動が多いからってのが笑える。
「……ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした」
「……じゃ、勇人、部屋行く」
「えー、俺このドラマ観たいんだけど」
「……知ってる。そのドラマ、勇人毎週録画に設定してる。終わってから観ればいい」
「ライブで観る方がいいんだけど、あー、分かったから」
「行く」
ソファーに寝転がってた俺を無理やり引っ張り上げようとするので諦めて自主的に起き上がる。抵抗しようにも、真澄に力で勝てる気がまったくしなかった。そして真澄に背中を押されながら階段を登って俺の部屋に入るのであった。
「……48,49」
若気の至りで中学の頃に買ったダンベルだったが、今やすっかり真澄専用となっていた。真澄はほぼ毎日使っているが俺は随分と触っていない。真澄には前々から貸してやると、なんだったらあげると言っているのだがそれを断って律儀に毎日俺の部屋で筋トレに励んでいる。
正直夏場とか俺の部屋が汗臭くなるので割と迷惑なんだが止めてくれない。
「……さて、終了。どう?勇人解けた?」
「いや、解いたけど。なあ、ひとまず風呂先入ってくれば?汗結構かいてるよな?」
「……寝る前でいい。それより解いた問題見せて?」
そう言って俺の横に座って、俺の解いた宿題をのぞき込む。いや、ほんとさ?汗かいてイイ匂いがするとか、同じ人間でいていいのかと自信を無くす。
「……勇人、この問、間違ってる」
「え?マジ?」
「使う公式が違う。今回はコッチ」
「なるほど」
そうして二人してしばらく勉強をし
「……今日はこれで帰る」
「あいよ」
「はい、これ今日のお母さんの分」
「ありがとうございます。……じゃあ、お休み」
「ああ、お休み」
真澄は母親の夕飯を手に、隣の自宅に帰っていく。家の灯りが着いたので俺も家の中に引っ込んだ。さて、ドラマでも観るか。
翌朝。真澄の朝は早い。夏とはいえ、まだ薄暗い中、動きやすい格好をした真澄が玄関にいた。
「……おはよ。じゃあ、行こうか?」
「……ああ」
そうして、ユルユルと二人して走り出す。
「……正直意外。随分と続いてる」
「話しかけんな!こっちは今いっぱいいっぱいなんだ!」
「……」
真澄がまだまだ余裕があるのに対して、こちとらゼハゼハして今にも卒倒したいトコだった。膝もガクガクだし、気持ち悪いし、なんだったら肺もやや痛い。これでも始めた頃に比べればマシになったんだが、……いや、なってるか?ずっと毎回こんな感じな気がするんだが?
「……はい、お疲れさまでした」
「……」
ようやくうちの前に着いた頃には半べそをかいてる俺は返事もできなかった。
「……じゃ、学校で」
「……」
辛うじて手で反応を返すとずるずると体を引きずって家に戻った。真澄?これから2周目だよ。今度は自分のペースで。俺?2度寝だよ。
母親に叩き起こされて、シャワーを浴びて、ご飯食べて、登校する。
「勇人はいつも眠そうだな」
「眠いからな」
「夜何やってるんだよ?」
「寝てる」
「……その、頑張れよ?」
「?ああ」
「お、魔王様だ」
見ると廊下を何人か連れ立って歩いてる真澄がいた。
「やっぱ何度見ても華があるんだよなー」
「そうなー」
昨晩散々番長番長といじったが、実はもう一つ真澄には二つ名がある。『魔王様』。むしろこっちの方が定着してる。まあ、番長よりは今時っぽい……のか?まあ、呼ばれてるんだから仕方ない俺のせいじゃない。別に蔑称ってわけでもないみたいだし。
「成績学年トップしか取ったことないとか」
「らしいな?」
「運動部より体育で無双したとか」
「みたいだな?」
「そんでそこらの不良より強いとか」
「みたいねー」
「そんな人いるんだな」
「いるとこにはいるみたいね」
真澄の
授業をサボる事があっても教師陣が注意しづらいのは学年トップの肩書があるところだ。
周りの学校と揉めた、らしい、という情報は掴んでも明確な証拠はないし、結果は出してるので素行が悪いとレッテルを張ることもできない。そもそも暴力事を含んでるとはいえ、真澄が悪い奴って言うと、違うしな。
「はぁ、付き合えるとは思えないけど、せめて認められたいもんだよなぁ」
「そうなぁ」
ちなみにコイツ、学年2位である。もっと競争意識をもってシャキッとしろと言いたいが、この辺が真澄の更に質の悪いトコロで。圧倒的なカリスマでファン多いんだよなぁ。暴力による恐怖政治だったらまだアレコレ言えるんだけど
「……ねえ、〇〇さんに対してちょっとキツくない?」
「え、いや、そんなつもりは!?」
「『横幅取り過ぎじゃない?』って女の子に言うのはちょっと品位疑う。そういうの私嫌い」
「ご、ごめんなさい。調子こいてました!改めてますから、どうか、嫌わないで下さい!」
「……私じゃないでしょ、謝るのは」
「ごめんね、〇〇さん。嫌な気分にさせて」
「……私も、直接言えば良かった。ごめんね」
うちの学生の原動力って、真澄に嫌われたくない、なんだよなぁ。これが健全な関係かって言われると困るけど、うちの高校の治安は悪くない。イジメに関しては100%ないと言い切れる。うちの真澄が起きそうな端から徹底的につぶして回ってるから。今じゃ真澄がイジメ嫌いと知れ渡ってるので、みんなで起きないようにしているぐらいだ。
「魔王様すげーな」
「すげーわ」
ただ眠いんでそろそろ放置してくれ。
『午後から真澄様がいないんだが勇人予定知ってる?』
『知らん』
真澄と同じクラスの、やたら真澄に傾倒しているクラスメイトからSNSで連絡がきた。
『わかたー』
別に真澄のスケジュール全部抑えてる訳でもないし、なんだったら結構報連相忘れがちだしな。まあ、きっとクラスメイト君は優秀だから勝手に情報を集めてくれるだろ。
『周知。どうも××高校の奴とトラブってる人がいたみたいで、それで出張ってるみたい』
『場所、わかる?』
『△△港の埠頭。今真澄様もそちらに移動中』
『tnk』
連絡を受けて、俺もこれからの授業をサボる覚悟を決める。真澄と違って成績優秀ではないので小言を言われるのでやりたくないんだけどなぁ。
俺は帰り支度をしながら、スマホに入力する。
『真澄が××高校とトラブってる模様。俺も行ってきます』
『止めて』
『たぶん今回ムリ。フォローヨロ』
『(TдT)』
あー、ごめんなさい、頑張って先生。
実は詳細について聞かずにここまで来たのだが、今把握した。
真澄がやたら偉そうでガタイのイイ男と対面している。その後ろで、うちの制服を着た女子が泣きながら、××高校の奴に拘束されてる。結構、うちで可愛いと評判なコで、確か□□さんだったっけか?で、他に××高校の奴が10数名。
「〇〇高の魔王様がお一人でいらっしゃるとは、ずいぶん舐められたもんだな?」
「……□□さんを解放して」
「そうだなー?お前さんが代わりに好きにさせてくれるってんなら考えてもいいんだがなぁ?」
「同意しかねる」
様子を見守って隙を伺うハズだったが、思わずドロップキックが飛んでいた。
「な!?誰だ!?」
「勇人!?」
「ちょ!?違う、やり直させて!?」
正直予定から狂ったが、しょうがない。
「□□さん、大丈夫?真澄の近くに移動するよ?」
「は、はい」
俺がドロップキックをかました奴が復帰する前に急いで真澄の近くに移動する。
「なんで来たの!」
「お前のピンチだからだよ。それより、俺と□□さんを守りながら戦える?」
「……余裕」
真澄は、どう猛な笑みを浮かべて××高校の連中に向き合った。
「どうも、すいませんでした」
「私じゃない。□□さんに」
「すいませんでした」
「……もう2度と止めてくださいね。私だけじゃなくて、他の誰に対しても」
「はい。しません」
真澄が無双して、××高校のリーダーの謝罪まで見届けた。
「……ちなみに、真澄さん。今お付き合いしてる方は?」
「……いない、けど?」
「では俺と!」
「するわけがない」
一刀両断だった。
「でも、きっと、あなたに認められる存在に!」
「私、〇〇高学年トップ、スポーツでも各分野でエースに負けてない。それに、あなたは見合う?」
「それは……」
「役者不足。出直したらいい」
「……わかりました!いつか、見合う漢になって出直してきます!」
……ファン、増やしたな。
「あの、……勇人さん、でしたっけ?」
「はい?」
「あの、今回はありがとうございました!」
「ああ、助けたのは真澄だから。俺の事は気にしないでください」
「いや、でも……」
「俺全く何もしてませんから」
「そんなこ」
「俺全く何もしてませんから」
「で」
「してないんで。感謝は真澄に」
「……わかりました」
ボソッ「……ファン、増やした」
「どうした、真澄?」
「……何でもない。ところで勇人は何で来た?」
「お前の、友達から不穏な動きがあるって連絡があったから来た」
「……私、大丈夫だった」
俺は割と本気のチョップを真澄にかます。周りに緊張が走った気がするがひとまず無視する。
「なあ?俺、言ったよな?何度か言ったよな?ちゃんと周りに相談と連絡と相談しろって?」
「……でも、今回のは大したことじゃ」
「周りにとってはそうじゃないかもしれないってのも言ったよな?な?な?」
「……うん、言った。ごめんなさい」
俺は大きくため息をつく。
「少なくとも今回、お前の友達、先生、あと俺に心配をかけた。きっと話せばお前やうちの親も心配しただろ。分かってる?」
「うん」
「ちゃんと、あとで謝っとけよ。ハァ……」
チョップの形で頭にのせていた手で頭をなでる。
「無事でよかった」
「……うん。私は大丈夫。勇人のおかげ」
「俺は何もしてない」
「ううん、勇人のおかげ」
「俺は」
「ううん」
「……そっか。まあ、わかった」
「うん」
そう言って満面の笑みを浮かべる真澄。それと同時に息を呑む音がいたるところで聞こえた。……ああ、まあ、真澄の満面の笑みは可愛いからな。仕方ない。
「くっ、あれは……」「ちょっと、私でも敵う気が……」
とりあえず事件の収束は見えたのだった。
あれは中三の夏だった。
「……ねえ、何で避けるの?」
今にも泣きそうな真澄が俺のシャツの裾を摘まみながらそう言うのだった。
当時の俺は最悪だった。今でも思い出すと羞恥心で身悶えする。勉学は振るわないし、筋トレしても全然筋肉つかないし。頭でも腕力でも真澄に敵わない。コンプレックスの塊と化していた。
どうすれば真澄と釣り合いが取れる、真澄に愛して貰える存在となれるかと日々考え、結果成れないと打ちひしがれていた。
ムリなんだと分からされて、そして真澄を避けるようになっていた。現実を直面したくなかった。
真澄の事がひたすら恐かった。落胆されるのをひたすら恐れていた。
「ねえ、何で避けるの?」
ボロボロ泣いていた。いつも強い彼女が泣いていた。
無敵でない事は知っていたが、ここまで弱さを見せられたことはなかった。
そこで俺が思ったのは、他の誰も知らない彼女の弱さを垣間見た優越感と、圧倒的な情けなさだった。
なんで俺は大好きな真澄の事を泣かせてるんだ?こんな醜態をさらさせてるんだ? 俺の都合で、なんで彼女を泣かせてるだ!
「ねえ、勇人。私のこと、恐い?」
「……恐いよ」
真澄は傷ついた顔をした。でも、ここは正直にいくべきだ。
「俺は真澄の事が恐い。真澄から『嫌い』って言われるだけで軽く死ねるから」
「それだったら私も勇人の事が恐いよ。勇人から嫌いって思われたらって、いつも考えてる」
「俺は思わない」
「私も言わない。何があっても」
「そっか」
その免罪符で多少は軽くなった。言っても口約束だ。保証はない。ただ保証はなくても彼女の証言は信じるに値する。何より俺がどう行動するかは、彼女の言動は関係ない。どう思われようが、為したいように、だ。
「なあ、頼みがあるんだ」
「……なに?」
「勉強教えて欲しい。真澄と同じ学校に入りたいんだ」
「……うん。もちろん」
真澄がまた泣いた。頼って貰えて嬉しいと泣いた。勇人の力に成れると喜んで泣いた。……あ、これ、落ちれんヤツや。
という事が中学の頃にありました。正直恥ずかしくて思い出したくない。
「……ねえ、勇人。クラスメイトと先生へのお詫びがすんだ」
「はいはい、お疲れ様」
「……ねえ、勇人?知ってた?私の二つ名」
「番長?」
「ううん、もう一つの」
「ああ、『魔王様』」
「……知ってたんだ。でも、なんで魔王様?可愛くない」
まあ、仕方ないのだ。腕力に訴えて痛いのが嫌だから従ってるのなら番長でも良かったのだけど、だいたいの生徒が、真澄に認められたい、好かれたい、嫌われたくないってんで動いてるんだもんな。心底陶酔しきってるんよ?
「……じゃ、こっちは知ってる?先生達から勇人がなんて呼ばれてるか」
「え、俺も何かあるの?」
そっちはまったく情報がなかった。しかも先生からって?人畜無害で問題なんておこしてないじゃん。
「……モブ?」
「ぶー。答えは、『勇者様』だよ」
「は?」
「そうだよね。魔王を止められるのは勇者だけだものね。君があの言葉を口にすれば、私は速攻で死ねるの」
「何があっても絶対に言わない。逆に言われないかと日々ビクビクしてるだぞ?」
「私だって言わないの。言った瞬間私も死ぬの」
「そっか。じゃあ、お互い伸び伸びできるな」
「そうなの。だからね、今後ともよろしくね、私だけの勇者様?」
その美獣の名は魔王と云う dede @dede2
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