第6話 トラブルメーカー
左耳に3つ、右耳に2つの耳飾り。色鮮やかなターバンで肩まで伸びた赤髪を雑に巻いた派手な出で立ちの男を、サレハの視線が上下に二、三往復した。イザコザの後、突然話しかけてきた男に僅かに眉を顰めている。
「さっきはすみませんでした。オレがクレメンテ・ドゥーニ……です」
「そうか」
とサレハは答え、テーブルから立ち上がり、クレメンテに構うことなく宿を出る支度を始めた。
「ちょっと待ってくださいよ!さっき来たばかりなんだから食事ぐらいしていけば……人違いだったんだし!!!さっきのヤツらはオレを探しているんだ、アンタたちじゃない」
サレハの視線がクレメンテに向いたが、荷物を担ぐ。
「……ちょっと、話、聞いてくださいよ」
椅子を押して立ち去ろうとするサレハの腕を、クレメンテが取った。
――が、その手はすぐに背中に返して捻りあげられ、上半身をテーブルに抑え込まれた。
「オイ!!!」
「サレハ!それはやりすぎだ!!!」
ねじ伏せられるクレメンテを見て慌てて駆け寄ってきたジルの手前に、もう一人。
サレハの横でクレメンテとのやり取りを見ていた人物が止めようとして、被っていたフードが落ちた。
ゆるく後ろに結わえた銀色の髪が溢れる。
15歳ぐらい、成人したてか。ジルより若い。まだあどけなさが残る少年とも青年とも言い難い。
「すまない。つい……」
銀髪の青年の一喝で、サレハはクレメンテを解放した。
「イテテテテテ……」
クレメンテは思わず唸りながら、後ろ手に捻られた左手首を振った。
「大丈夫ですか?」
青年がクレメンテに声を掛けてきた。
「あ、大丈夫です。動くんで。……動きそうです」
左手を握ったり開いたりして動きを確認する。
「大丈夫だ、ナギル。関節は外していない。手加減はした」
「サレハには聞いてないよ」
クレメンテに加えて答えるサレハを、ナギルと呼ばれた青年が
「……いや、ホント、大丈夫です。大丈夫!
むしろ、オレが声かけたのは、追われてるのはオレらだし、オレらが出ていけばいいことじゃん?ってのと。それでも、アンタたちが出ていくっていうなら、宿代ぐらい払わせてくれってーの!」
左手をプラプラ振りながら要件を申し出たクレメンテの顔を、サレハとナギルは黙って見ているだけだ。
――なんか変なこと言った?
クレメンテが口を開こうとすると、ジルが「ぷっ」と吹き出した。
「いや、クレメンテ!お前、いいヤツすぎだろ」
「……そぉかぁ?」
クレメンテには心当たりがない。
真面目な顔をして首を傾げるが、普通に思ったことを言っただけだ。
「コイツ、奴隷商人とこで働いてたんですけど、主人の買った奴隷全員逃がしたんで、追われてるとこなんです」
クレメンテの横からジルが要らぬ紹介を始めた。
「もー、いいヤツすぎて!オレも巻き込まれてる最中なんですよね」
「………………」
クレメンテは不満顔でジルに向き直ったが黙ることにした。
ジルを巻き込んだのは否定できない。
「アンタたち、タサの人たちでしょ?
帝国の最東端の人たちが、なんで最西端のモヘレブなんかにいるんだよ!?って思うけど、オレたちが出ていったとしてもアイツらはアンタらをクレメンテと誤解しているから、ここにはいないほうがいいかもね。かと言って、他にどこに行けばいいのか、土地勘ないからオレには分かんないけど」
「タサって何?」
クレメンテがジルに尋ねる。
ジルは一瞬面倒くさそうな顔をしたが
「エラム帝国の最東端の地域のこと!帆翔する鷹の紋章はタサを意味する」
と答えた。
「ジル、お前、初めて来た国のこと、よく知ってんな」
「タサはモフセン王国の隣だったから」
感心するクレメンテにジルは口角を上げて答えた。
しかし、目は笑っていない。サレハとナギルを捕らえたままだ。
「どうする?サレハ。……クレメンテさんの申し出はありがたいけど、取り敢えず、宿代はいいとして。逆に、クレメンテさんと勘違いしてもらっといたほうがいいかもしれない」
少なくともサレハはジルの試すような視線に気づいている。サレハもジルから目を離さないのは警戒しているからだ。
ナギルの言葉が終わると、サレハはジルから視線を外し、首肯して、出口に向かって歩き始めた。
「気持ちは嬉しかった。ありがとう!」
と青年は笑顔で言い残すとフードを被ってサレハの後を追っていった。
宿の女将は何も言わなかった。こういったことも日常茶飯事で慣れた様子だ。
「え!?あ……ちょっと!オイ!!!
じゃ、じゃあ、せめて他の宿の案内だけでも!!!」
クレメンテが二人の後を追って外に出る。
――だから、お前、いいヤツすぎ!
苦笑いしたいところだが、その余裕はない。
ジルもクレメンテを追いかけた。
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