第2話 奴隷と人買い
人間は生まれながらに平等ではない。
裕福な者と貧しい者、力の強い者と力の弱い者、賢者と愚者、美しい者と醜い者等、人間には生まれながらに格差がある。
そんなことは、小さな島の港町出身のクレメンテにも分かっている。
クレメンテの学校での成績は中の中だったし、ケンカは得意ではなかったから舌先三寸で避けてきた。見た目は悪くないから女にはまあまあモテた。実家は漁師で金はない。だから、学校を出たらすぐに奉公に出された。
成績でも、腕っぷしでも、利口さでも、女にモテるかモテないか。自分の立ち位置は、他人との比較で表現される。
ジョゼッフォ・バイロウが雇う側で、クレメンテ・ドゥーニは雇われる側。
人間は生まれながらに平等ではない。
その現実をまざまざと見せつけられる。
人間を値付けし売買する資格が、同じ人間にあるのか――。
自分にその資格があると言える確たる自信は、クレメンテにはない。
――バイロウに買われた奴隷と、バイロウに雇われたオレの違いはどこにある?
クレメンテが奉公に出る前、叔父が
「お前の給料は数カ月分、前払いしてもらえたらしいな」
と言い出したのを思い出した。
「船に乗ってりゃどうせ使い道ないから、それでいいんじゃない?」
と返事をした。
出航する日、父母が
「お前には、苦労をかけてすまない」
「クレメンテ、身体に気をつけて。辛くなったら、いつでも戻っておいで」
と言って、抱きしめてきた。
子どもの頃以来で、今さら恥ずかしい気もしたが、そのままにした。
――オレが鎖を引いている奴隷と、オレの違いは何だ?
クレメンテは自問する。
――150グリーグの奴隷と、オレの違いは国だけだ。平和な国に生まれた運のいい男と、滅ぼされた国に生まれた不運な男というだけで、オレはコイツの自由を奪っていいものか?
購入したばかりの奴隷の鎖を引っ張って、バイロウの後を歩くクレメンテの足取りも重い。背後を歩く男がジャラジャラと鎖を引きずる音が、自分自身の足元から聞こえているような気がした。
船に着くと、奴隷たちは船底の大部屋に鎖に繋がれたまま、すし詰めにされた。
朝になったらエラム帝国まで船の漕ぎ手として使役する。自らの買い手の元へ、自らの手で、自らを運ばせるのだ。
他の奴隷とは異なる破格の値段で購入したジル・イルハムの扱いは違っていた。バイロウは、ジルをクレメンテの船室につないで見張っておくように命じた。
「そいつは大事な商品だ。身体を洗ってやれ。服も高く売れるように準備してやらねばならん。飯はコック長に頼んだから、時間になったら取りに行け」
クレメンテは主に言われた通り、自室に奴隷をつなぎ、身体の洗い桶の準備を始めた。
「座っていていいぞ」
狭い船室で鎖に繋がれたまま、ベッドの脇に突っ立っている男に、背中越しに声をかけた。
「……名前は?お前、名前はなんて言うんだ?」
クレメンテは、エラム帝国に到着するまで世話しなければならない男の名前を尋ねた。高値の奴隷は「ふっ」と鼻で笑った。
「おかしなヤツだ。奴隷に名前なんて必要ないだろ。好きに呼べばいい」
水の入った洗い桶を運びながら、クレメンテは続けた。
「オレはお前の主人ではないんだし、しばらく一緒にいるんだ。お前を何て呼べばいいのか分かんないからさ」
ベッドサイドに置かれた椅子に座った男はクレメンテの顔をしばらく見つめて、俯いた。答えを思案しているらしい。
足元に桶を置いてやる。
「……ジル」
「ふぅん、ジルか。オレの名前はクレメンテ・ドゥーニだ。身体は自分で洗ってくれ。オレは服取って来る。鎖は外せないけれど、まぁ、ゆっくり……」
ジルはクレメンテの言葉に、再び笑った。
「やさしいヤツだな。もっと非情になったほうがいいぞ、人買いなんだろう?」
「………………」
返す言葉が出なかった。
――オレがやさしいワケないだろう
と思った。
それに、自分が今後人買いを生業にする確証もない。
非情になる必要があるのか。そもそも、非情になるにはどうすればいいのか。
――オレは一体、何がしたい?
クレメンテのなかで、ジルに返す言葉が決まった。
――オレは人買いじゃねぇ!!!
しかし、現実はどうだ?
クレメンテは頭を横に振った。
「バイロウが……オレの主人が言うから!オレは行くから、身ギレイにしとけよ!!!」
ジルと捨て台詞を残してクレメンテは部屋を出た。
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