ジャナ

嘉倉 縁

プロローグ

 

 地上は酷い有様だった。

 

 フランスから日本へ向かう旅客機が、航路の森林地帯で墜落したのだ。

 奥深い森は、数百メートルに渡って真っ二つに裂けている。

 裂け目の所々から火の手が上がり、その終点ではまだ激しい勢いで機体が燃え上がっていた。


 じきに山火事が起きるだろう。


 蝙蝠こうもりのような緑の翼膜よくまくに黒い尻尾。

 長い爪に赤い瞳を持った小悪魔のジャナは、その焼け跡に降り立ち、空に向かって右手を伸ばした。


 すると、空は晴れたままであるのに、大粒の雨が落ちてくる。

 炎はやがて白い煙を上げて鎮火ちんかしていった。


 油煙ゆえんに替わり立ち上る水蒸気に、周囲は、むっとした湿度に包まれる。

 プラスチックや塗料の焼けた臭いに、人の髪や肉が焼けた臭いが混ざり、ひどい臭気だ。


 ジャナは鎮火したのを見定めると、瓦礫がれきの上に降り立った。

 事切こときれて動かなくなった死体には目もくれず残骸ざんがいを引っかき回す。

 はずみで表紙にすすがついた程度のペーパーバックが転がり落ちた。


 ということは、この辺りは炎が弱かったようだ。


 見渡せば案の定シートから投げ出されたらしい女性が、旅客機だった一部の下敷したじきになっている。


 残骸の下からのぞく姿は雨に濡れ、泥と灰にまみれていた。

 長い足が、まるでゴミ捨て場のマネキンのように放り出されている。

 呼吸を確認しにジャナは屈み込み、女性の口元へと手を伸ばした。


 虫の息だが……息はあった。


 いくつもの残骸をひっくり返していたジャナは、とうとう目当てのものにたどり着いたようだ。

 ジャナは立ち上がり足元の顔を見下ろすと声をかけた。


「あんた」

「う……」

「あんたは、もうすぐ死ぬよ」


 女性は苦しげに息を吐いてジャナに応えた。


「……誰?」

「あたしかい? 悪魔さ」

「悪……ま……」

ただで死ぬのはもったいないよ、あんた、逝く前にあたしと契約しないかい?」

「ケイ……ヤク……?」


 理解できない様子の女性に、苛々いらいらとジャナは説明する。


「そう、あんたはどうせもう死ぬんだ。あたしに魂をよこしなさいよ。代わりに願いをひとつだけきいてあげる。ああ、言っておくけど、生き返らせてとか、そういう時間がかかるのは無しね、あたしは今すぐ、生きのいい魂が欲しいの」


 女性の目元に涙がにじんだ。


「兄さん……ごめんなさい……」


 小さく呟く女に、ジャナは言った。


「さあ早く言いな、そろそろ死にそうだ」


 女性は迷わず答える。


「姪を……お願い……」



 それを聞いたジャナは、満足そうに──わらった。





「お前の願いは聞き届いた」









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