くじらのさざ波〜愛浮かぶ海原〜

めぶき

くじらのさざ波〜愛浮かぶ海原〜

そこは、蒼く光る大海原。


眩しく輝く太陽に照らされ、その母なるくじらは大きく海面を跳び跳ねる。


「ザブン」と水面に全身を持ち上げ、誇らしげな自分を空に向けながら、伸び伸びと波間を泳ぐそのくじらは、たくさんの自然の恵みを受け、長い年月を過ごしていた。


どれだけの時間を生きてきたのかは、誰も知らない。

ただ、そこにいる母なるくじらは、広い海の中で、悠然とその姿を海面に表す。


水面に顔を出し、深呼吸をしながら、また海の中へ潜り、ただただ広いその世界を思うがままに生きてきた。


その母なるくじらは、子を産み、愛で育み、その子を守ってゆく。


周りを泳ぐイルカ達も、くじらのあとを追いかけるように、広い海の中を楽しそうに群れとなってコロニーを作る。


ホエールテイルで海面を大きく打ち付けるように叩き、その存在感を知らしめる母なるくじら。


人を乗せたクルーズが、時おりくじらのコロニーに出会うが、そのくじらの絶対的存在は、人々を魅了した。


くじらがコロニーを作るのは有り得ない、と。


そんな様子を見て、くじらは、水面をジャンプしてみせる。その体の大きさや存在感は、人を感動させた。そして、ゆっくりと海の中へ帰っていく。


その母なるくじらの棲む海は、観光スポットとなっていた。


普段は海深く潜っているが、人が求めることに敏感なそのくじらは、時おり、海面に姿を現し、人々を感動させた。


その母なるくじらは、人に幸福をもたらし、クルーズで出会えたら奇跡と言われ、今日も大きな海原を、滑るように泳ぐ。


その愛は、深く、大きく、人々へ夢を与え続けていた。


クルーズの中には、その母なるくじらを愛し、何度も逢いに来る人がいた。


それに応え、今日も、母なるくじらは大海原を自由に泳ぐ。その体の大きさは圧倒的で、海洋研究者もクルーズに参加し、くじらに出逢い、恋をした。


愛が浮かぶ大海原。


今日も、どこかで、そのくじらの魅力に胸を踊らせ、奇跡でもいいと、逢いにくる人が、後を絶たない。


ある日、その母なるくじらは、

水面で大きな深呼吸をし、海水を吹き上げた。


その雫がクルーズにも降りかかる。

人々は歓声を上げ、拍手が起きた。


それを見届けたくじらは、悠々と海の底へ潜っていった。

そこには、くじらを中心に集まったイルカや子供のくじら達もいた。


フジツボが身にまとう大きな身体でくじらは泳ぐ。

この大海原では、一番、位(くらい)の高いくじら。


そのくじらは、自分の役目を知っていた。


「一瞬でも悩みを忘れ、笑顔と喜びを与える存在」として、

今日も、クルーズの前で大きく海面から身体をジャンプする。


そして、その水しぶきがクルーズにかかる。

そのコミュニケーションで、人々と母なるくじらは通じあっていた。


しかし、ある日突然、くじらの棲む海原で、

ハリケーンが海を襲う。


天候不良として、クルーズは中止されたが、

海に棲むくじらやイルカ達は荒れる海の中で耐えていた。


海面に顔を出すこともままならず、海中で水の流れに翻弄された。


そのとき、母なるくじらは海中に身を潜め、

ある程度揺れが守られた岩場に身を寄せる。


荒れた海の中、じっと時が過ぎるのを待つ母なるくじら。

そこには、イルカや子供達も一緒に隠れていた。


そして、群れからはぐれたらしい一頭の小さなくじらが、

その母なるくじら達の傍に来た。


母なるくじらは、その小さなくじらを受け入れた。


母親を求め、彷徨う小さなくじらは、そのコロニーに加わった。


どれだけの時間をそこで過ごしたのかはわからない。

ハリケーンも去り、くじら達は海面を目指す。


大きく深呼吸をして、海水を吹き出す母なるくじら。

その水しぶきで、海原に虹がかかった。


イルカ達も、次々と海水を吹き出す。

コロニーの仲間達が、いっせいに海面を揺らしたのだ。


大きな母なるくじらは、一気に空に舞う。

その堂々とした姿は、海原を守る母親そのものだった。


そしてまた、クルーズ達がその海原へまた戻ってきた。


しかし、そこには母なるくじらは、姿を現さなかった。


クルーズの参加者は肩をおろし、出会えなかったことを嘆く。


そのとき、母なるくじらは、新しい命を授かっていた。

その命を守るため、くじらはゆっくりと水中を泳ぐ。


母なるくじらは100才を超え、体長およそ30メートルのシロナガスクジラ。

受け継がれていく命を産み、育てている。


そしていま、新しい命が産まれた。

母なるくじらは、その子を産むと、寄り添いながら、海原を悠々と泳ぐ。


そして、母なるくじらは、自分の最後の時間を感じながら、

産まれたばかりのくじらだけを連れ、コロニーから離れていった。


小さなくじらも生まれてから10年が経ち、母なるくじらは姿を消した。


どこに行ったのか。生きているのか。コロニーはどうなっているのか。

誰も知らないまま、母なるくじらは役目を終えたのかすらも、わからない。


クルーズ達も、母なるくじらを見ることができずにいたが、

イルカや、母なるくじらの子供達を見て、楽しんでいた。


ここには、母なるくじらのコロニーがあったが、

母なるくじらはやがて、人々の前から姿を消した。


クルーズに来た人は、「奇跡のくじら」の物語を受け継いでいた。


海を愛し、人を愛し、子供達を愛する、大きな愛を持った母なるくじらがいたことを、いつまでも忘れずにいる人々がそこにいた…。

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