あの瞬きの意味
帆尊歩
第1話 ハザードの瞬き
その日、前を走る彼女の車が三回ハザードを出した。
その瞬きはいつもの二回に比べ、無限の長さに感じられた。
次の日、彼女は職場に来なかった。
最初上司は慌てていたけれど、すぐに彼女の話は職場から消えた。
会社は対応を進めていたようだがその状況は僕には何もわからなかった。
彼女のことを僕がどう思っていたのか僕自身も分からない。
ただ、仲の良い同僚だっただけかもしれない。
でもずっとこんな関係が続くと、なんの根拠もなく思っていた。
共に僕らは車通勤で、いつも同じ時間に退勤していた。
この地域は車がなければ生きていけない。
帰るときは、いつも彼女が発進して、その後を僕が追う形で職場を後にする。
そしてしばらく走り、T字路にぶつかる。ここで彼女は右折して、僕は左折する。
彼女はいつも二回ハザードを瞬かせて、曲がる。
前を走る彼女は気付いていないだろうが、僕はそのお返しに一回ハザードを瞬かせる。
彼女とは同じ職場と言うより、チームだった。
大体ペアーで仕事を進める。
彼女は後輩で、僕が教える立場だったが、それもあっという間に過ぎて、ただの同僚になった。
でも教える立場だった縁で、二人で仕事を進めることが多かった。
部署の後輩に「二人夫婦みたいですね」なんて言われたこともある。
僕は悪い気はしなかったが、彼女はどうだったか分からない。
それまで彼女なんて出来たことがなかったから、僕には彼女との関係性が分からなかった。
でも今にして思えば、僕は、彼女のことが好きだったのかもしれない。
でも何かをすれば、今のこの関係性も崩れてしまうのではないか。
まして彼女は・・・。
ただ休みの日にカラオケに行ったり、夕飯を二人で食べたりすることもあったから、もしかしたら彼女も、と思う時もあった。
でもなんとなく彼女との関係が、職場だけになり始めた頃、彼女が見合いをすると言う噂が流れた。
僕は休憩室で彼女に尋ねた。
「結婚するの?」見合いと結婚が直結している思考回路に、我ながら苦笑したが、彼女は何度か瞬きをして下を向いた。
何も言わなかった。
彼女が職場に来なくなって、しばらく経った頃、彼女が駆け落ちをしたと言う噂がたった。
他の同僚たちも見合いをするから、そのまま結婚と思っていたので、その事実は驚きをもって伝えられた。
このあたりは田舎なので、見合いは、結婚のためのステップとしてする物、という側面が強い。
あの休憩室での瞬きは、僕に何を言いたかったのだろうか。
そして最後のハザードの瞬きは何を意味していたのだろう。
僕は、何をしたら良かったのか、それは今でも分からない。
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