第26話 文化祭を準備中

 文化祭の準備が始まってから、放課後に居残る日が増えた。

 教室のあちこちが、わいわいと活気づいている。

 背景係の俺は、安君と他何人かと一緒に、廊下に飾る看板や、ホラーハウスの壁や背景の絵を描いている。

 教室の中に通路を作って、その横に並べるんだ。


「お墓の絵って、洋風がいいんだっけ? それとも日本のやつ?」


「どっちだろうな。ホラーってうから、洋風っぽいけどな。でもお化けキャラを見ると、バンパイアや悪魔がいるし、日本の妖怪も入ってたよな」


「つまりどっちでもいいってことかな?」


「俺、演出に聞いて来るわ」


 他のメンバーが会話しているのを聞きながら、相槌を打つ。

 こういうところで前に出られるほど、申し訳ないけど俺は、メインキャラじゃない。

 安君だって同じだ、見た目は派手だけど、控えめな性格だ。


「洋風の方がハロウィンの雰囲気が出るんじゃないかってさ。手分けしようか、お墓と壁の絵で」


「そうしようか。じゃあ小野城と桐谷は、お墓の方を頼めるか?」


「うん、分かった」


 安君と二人で頷いて、床の上に広げられた模造紙に向き合って、ネットでお墓の写真を見ながら、エンピツで輪郭を描き始めた。

 既に何枚かの絵は絵の具を塗って描き上げているので、かなり手慣れてきている。


「なあ礼司、お前は将棋部の方はどうするんだ?」


 安君に訊かれて、まだ返事をしていないことを思い出した。

 学校が終わると、クラスの文化祭の準備と予備校通いとで忙しくて、あまり考えていなかった。


「綺瀬崎さんが毎日のように、うわ言みたいに呟いてるぞ、桐谷君はまだかなって。全く、羨ましいよなあ」


「悪いね、まだ決められてないんだ。そういう安君の方はどんな感じなんだ?」


「おお、綺瀬崎さんにみっちりと教えてもらってな。駒の動かし方は覚えたぞ。今は本を読んで勉強したり、詰め将棋ってのをやってるさ」


 さらりと話しているけれど、今を時めく綺瀬崎女流二冠に直々に教えてもらうなんて、安君だってたくさんの将棋ファンから羨望の眼差しを受けるだろう。


「あっちでも文化祭の準備が始まっていてな。壁の飾りつけやポスターなんかの準備をしてるけど、人数が少ないから大変だな。だからここが終わったら、俺は向こうの様子も見て来るよ」


「そうか。二つともって、大変だな」


「おう。でも俺はお前と違って、放課後は暇だからな」


 しゃべりながら手を動かしていると、ガラリと扉が開いた。


「じゃーん、ご登場!」


 女の子の声が高らかに響いて、入って来たのは、コスプレっぽい衣装に身を包んだ何人か。

 被服担当のメンバーが順番に衣装を作っていて、試しにそれを着ているんだ。

 その中には菜摘や真友もいるようだけど……


「どうみんな、似合う!?」


 真友がどや顔でポーズを決める。

 あたまの上には三角の耳が二つ乗っかっていて、黒とオレンジの横縞のシャツと、それと同じ色の短パンを履いている。

 大きな胸がつんと突き出て、肉付きのいい太ももが存在感を思いっきり主張している。

 なんだか色っぽい、お化けというよりも、コスプレっていう言葉の方が似合っているような……


「美里原、似合ってるけどそれってなんだっけ? 猫耳ギャル?」


「なに言ってんのよ! 化け猫でしょ、化け猫!」


「いいなあそれ。俺のこと襲ってもふもふしてくれよ!」


「なあ、写真撮っていいか、猫耳ギャル?」


「だから、化け猫だってば! あんたたち、なんか変なこと考えてない?」


「ぎゃははは!」


 陽キャのメンバー同士で黄色い声が乱れ飛ぶ。


「礼司!」


「あ、な、菜摘……」


「どうかな、これ?」


 菜摘が近寄ってきて、そう言ってその場でくるりと一回転する。

 髪がふわりと宙に浮いて。

 全身白い和風の着物に、青色の帯……これって多分……


「ゆ、雪女?」


「そう、正解だよお!」


 正直に言って、めちゃくちゃ似合っている。

 青色がかった長い髪に真っ白の素肌、ぴんと伸びた背筋、笑わずに澄ました顔をすると、本当に……雪の世界から来たように綺麗で……

 でもこれ、ホラーハウスの中で脅かすというより、思いっきり人目を惹いてしまうのでは……?

 彼女を目当てに、リピート率も上がってしまいそうな予感がする。


「うん、良く似合うよ。でも雪女っていうより、日本のお姫様って感じもするね」


「ありがと! でもそれはほめ過ぎだよ。礼司は背景を描いてるの?」


「うん。お墓の絵をね。なあ、安君?」


「……え? お、おう、そうさ!」


 じっと菜摘に見とれていた安君に声を向けると、驚いて体がぴょんと飛び上がった。


「そっか、楽しみだな。じゃあ私たちは演技の練習とかやるから。頑張ってね」


「うん。そっちも頑張って」


 菜摘はにっこりと笑うと、お化け役の仲間の輪に戻っていった。


「礼司い、やっぱりお前、羨ましいなあ」


「そ、そうか?」


「うん。でも、穂綿さんや美里原さん、ダンスは誰と踊るんだろうな?」


「ダンスって、文化祭の最後のやつ?」


「ああ。いいなあ、俺も誰かと踊りたいなあ」


 サカノウエ祭では毎年、最終日である二日目の夜、校庭の真ん中でキャンプファイアが焚かれて、ダンス音楽に乗ってその周りで踊るイベントがあるのだという。

 一緒に踊る相手はだれでもいいようだけれど、男子はみんな気に入っている女の子に声をかけるのだそうだ。

 文化祭の最後を華々しく飾るイベント、その主役になれるには、パートナーを見つけられるかどうかにかかっているのだろう。


 背景キャラでそんなあてもない俺たちは、遠くからじっと眺めているか、教室で黙々と片づけをやっているかなんだろう。


「お前さ、穂綿さんを誘ったら、ワンチャンあるんじゃないか?」


「ええっ!!??」


 いきなりなんてことを言うんだ、安君!?

 そんな大胆不敵なこと、俺にできるわけが……

 それに菜摘には、一緒に踊りたい人が他にいるんだ。

 きっと流星だって、色んなことを想っていて。

 俺の出る幕なんかないだろう、あるはずがない。


「そんなの無理だよ。そういうお前は、どうするんだ?」


「俺か? 俺は玉砕覚悟で、綺瀬崎さんを誘ってみようかな……」


「えええっ!!!???」


 それはまた、なんと大胆不敵な……

 学校の外に出ると、芸能人に近い人気を誇る綺瀬崎さんに……


「そっか……うまくいくように、祈っているよ……」


「おう、ありがとうな!」


 こいつ、こんなに身の程を知らずで大胆だったっけ?

 でも、俺も少しは見習えたらいいんだけどなあ。



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