2 高スペだけど性格が……

 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと九十七〜 おっけぇ?》

 と、内側から神様の声がした。



 あら、やだ、萌えちゃった……


「良し。マルタンを仲間にできたな」

 お師匠様が、ぐっと拳を握る。

 アタシがスカを掴まなかった事を喜んでいるようだ。顔はいつも通りの無表情だけど。


 マルタン様、外見通り、優秀な方なのね……ス・テ・キ。


 一応、教会堂にいる全員と対面した。

 でも、萌えは訪れなかった。まあ、萌えても、多分、ジョブ被りで仲間には加えられなかったろうけど。


 年配の僧侶達はアタシ達に対し祝福を与え、教会堂を立ち去って行った。

 けっこう、クロードは声をかけられていた。

 この春まで聖教会の修道院学校一般クラスに居たって言ってたものね。教えを受けた先生とか、そこそこ居たみたい。



 他の僧侶達が退出してから、アタシは改めてマルタン様にご挨拶をした。

「ジャンヌです。どうぞよろしくおねがいします」


 マルタン様の涼しげな眼差しが、アタシを見る。

 ふぁさーっとフードが外れ、現れる亜麻色の髪。意外なほどの長さ……肩を過ぎてる。聖職者っぽくない長さだけど、マルタン様の美貌にはよく似合っている。


「一つだけ言っておきたい事がある」

 あら、意外とくだけた口調。

「何でしょう?」


 マルタン様は、フッと口元に笑みを浮かべられる。


「俺は聖なる血を受け継ぎし神の使徒だ・・・あまり近づくな、女」


 え?


「不浄な女の存在が、内なる十二の宇宙的秩序を乱すのだ。神罰を恐れるのなら、マッハで三歩下がれ」

 え? え? え?

 なぜ、宇宙?

 なぜ、十二?

 と、とりあえず、下がっておこう……


 静かに口元を歪め、マルタンが口を開く。

「俺の聖気(オーラ)に恐れをなして、下がったか・・・内なる俺の霊魂は安息を得た。良かったな、女。きさま、命びろいをしたぞ」

 マルタンがビシッ! とアタシへと指を突きつけるポーズをとる。

「女。きさまが邪悪と対する限り、この俺が真の光の力を見せてやろう。俺の前では、魔王すら赤子も同然。マッハで消え去る。俺の前に立ちふさがる、憐れな闇としてな・・」

 んで、ククク・・・と笑う。


 うわぁ……

 何、この人……

 もしかして……邪●眼系なアレな人?

 かなり、キモいんですけど……


 ジョゼ兄さまも、あきれ顔だ。


 クロードはしゃきっと背筋を伸ばし、マルタンに対し深々と頭を下げた。

「お久しぶりです、使徒様」


 あれ?

 知り合い?


 マルタンがフッと笑い、胸元から取り出したものをくわえる。

 あの……それ、煙草なんでは……?


「イチゴ頭ではないか」

 と、言って、左の指をパチンと鳴らす。それだけで煙草に火が点いた。所作のみで炎の魔法を発動させたんだ、すごい。

 すごいけど……ここ教会堂の中よ。煙草吸っていいの?

「俺の存在に気づくとは・・あいもかわらずいい眼をしてるな、坊や」

 気づくも何も……あんた『マルタンだ』って名乗ったじゃない。

 なんでそこで照れるの、クロード?


「もしかして、あのヒト、有名人?」

 マルタンがお師匠様に挨拶を始めたんで、クロードに耳打ちした。

「そーだよ、超有名人じゃん、知らない?」

「知らないわよ、アタシ、十年間、山にひきこもりだったんだから」

 あ、そっかって顔をしてから、クロードはマルタンから距離をとりながら小声で説明した。


「聖教会の使徒様のお一人で、悪霊祓いのエキスパート、超一流の聖職者だよ。神聖魔法と回復魔法が得意で、悪霊祓いの旅を続けているんだ。表舞台に出ないから、神秘の使徒様って称えられているんだよ」

 表舞台に出ないって……

 そりゃ、そうでしょ。

 人前でしゃべらせたら、信徒がドン引きでしょ……。


「ああ、使徒マルタンか。噂なら聞いた事がある」と、兄さま。

「聖教会で育てられた純粋培養の使徒……寛大で純真で穢れを知らない聖人、って噂だったな……」

 兄さまと顔を合わせた。

 噂ってアテになんないのね……

 教会堂でうまそうに煙草吸ってるし……頭の中はアレだし。


「何度か臨時講座で教わったんだ……」

 クロードは、胸の前で手を組む祈りのポーズだ。

 鼻の頭を赤く染め、ぽわ〜んとマルタンにみとれてる……

 もしかして、憧れの人なの?

 趣味悪ぅ……

「おっかなそうに見えるけど、すっごくいい方だよ。ボクのこと、みどころがあるって誉めてくださったし」

 え?

「お会いする度に、助手にとりたててもらったんだ。灰皿捧げたり、靴(ブーツ)ピカピカに磨いたり、使徒様のお役に立ってたんだ♪」

 それって、パシリにされただけじゃ……


「女」

 くわえ煙草のまま、マルタンがアタシを見る。ふんぞりかえって顎をつきだした、いかにも偉そうな態度で。

「俺は今崇高な使命の真っ最中だ。まず、先んじて、あらかじめ、この聖務を果たさねばならない」


 聖務?


「フッ・・伝えたはずだ、俺が神の使徒だと・・」

 マルタンはククク・・と笑いながら、修道僧の白いローブに右手をかけ……

 それをバッ! と引きはがした。

 げ。

 一瞬の早変わり!

 投げ捨てた白い布が、宙を舞う。ローブかと思ってたけど、それ、マントだった……?


 そして白かった神の使徒は、闇のように漆黒となった……


 立襟のあるその黒い服って……神父様の着る祭服よね? 修道僧だったんじゃ……?


 てか! 黒の手袋をはめ始めるし! 指出し(フィンガーレス)革手袋(グローブ)……何故か、手の甲には星のマークが……五芒星?


 胸元のこれみよがしの十字架までも、ファッションに見えてきた……


「そ、その格好は?」


「・・完璧に完全に、パーフェクトに、愚問だな、女」

 両手を胸の前で交差(クロス)させ、使徒様が両手の甲の五芒星マークを見せつけてくださる。

「邪悪と戦い続ける俺のアイデンティティ・・神に代わり、奇跡を起こす為の装いなのだ・・・」


……そう、なん、ですか……


 へー……


 アレな人が、アレなポーズをとり続ける……


「デュラフォア園で悪霊を祓えと聖務を受けている。・・ククク・・血が騒ぐな・・・。内なる俺の霊魂が、いっせいに、こぞって、景気よく祓えと告げている・・・」


 悪霊退治?


 クロードに尋ねると、デュラフォア園は、そんな遠くないとの事。馬車で二日の距離だそうだ。


「わかりました! どうぞ行って来てください!」

 思わず笑顔で手を振ってしまった。

 このヒトと一緒にいると精神汚染されそーなんだもん。

 どっか行くんなら、行っちゃって。


「悪霊祓いの仕事は慣れている。しかし、きさまがどうしてもと言うのなら、俺の聖務を手伝わせてやらないこともないぞ」

 え〜〜〜〜〜?

 いえいえ、これっぽっちも、手伝いたくありません!

 どーぞ、アタシの事は放っておいて、使徒様!


「マルタン。そういうわけにはいかぬのだ」

 と、お師匠様。

「ジャンヌは、明日・明後日と王城へ行く。国王陛下が集めてくださった優秀な戦士たちと面談し、仲間を増やす予定となっている」

 あああああ、助け舟、ありがとうございます、お師匠様!


「御意に、賢者殿・・・」

 マルタンが大袈裟に肩をすくめる。

「ならば、仲間探しの後・・・移動魔法での合流を願えますか、賢者殿?」

「その時、おまえの居る位置に跳ぶ事は可能だ」


 もったいぶった仕草で煙草の煙をフーッと吐き、マルタンが横柄にアタシに命じる。

「女。この地での勇者の使命を終えたら、きさま、マッハで俺に合流しろ。悪霊退治助手の栄誉を、きさまにくれてやろう」

 チッ。

 どうあっても手伝わせる気だな、この男。


「さて・・行くか・・」

 言いたいことだけを言って、使徒様が背中を見せてゆっくりと歩き出す。

 背中にもデカデカと変な模様がある。アレと同じようなの『勇者の書』で見たことある、確か真言(マントラ)ってヤツだ……


「俺としたことが・・言い忘れていた・・」

 マルタンがピタッと足を止め、軽く左手をあげる。


「きさまらに、神のご加護があらんことを。あばよ・・・」


 とっとと旅立て、キモ男!

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