D&DD
澤群キョウ
D&DD
「困ったなあ」
息子の呟きに、母は視線を向ける。
彼の仕事は、家庭用ウォーターサーバーの営業。大きなサーバーを試しに置かせてくださいなんていわれて、それはいいわねと応じてくれる家は少ない。入社以来何ヶ月も経つのに、いまだに契約どころか試用で置いてもらったことすらないという体たらくだ。
「このままじゃクビになっちゃうよ」
息子がなにを望んでいるのか、母はわかっていた。
本人の友人や知り合いの類はもう全員当たっている。自分の友人にも何人も声をかけてみたが、快い返事をくれた人間はいない。
しかしこのままでは息子の将来が危うい。クビになったり、やる気を失って失職したら最後、再びどこかに就職するとか、新しく情熱を持って他の業界に飛び込むとか、そういう行動はできないだろう。情熱やバイタリティに欠ける若者だということは誰よりも知っている。
見た目だけは多少いいものの、頼りない、少し残念な息子。
せめて、最低一軒だけだったとしても実績を作らなくてはならない。
自信に繋がる功績を残させなくてはならない。
しばらく考えて、母は最後に小さくため息をもらした。もう手段はこれしかない。最終兵器の投入を決意し、口を開く。
「光、おばあちゃんのところに行ってみたらどう?」
「おばあちゃんの?」
この「おばあちゃん」は夫の母親、つまり義母にあたる
「義母に迷惑をかける」なんて出来る限り避けたい事態だが、背に腹は変えられない。
光は腕組みをして首を傾げ、この提案に対する感想を素直にこうもらした。
「あそこって、年寄りばっかりじゃない? ウォーターサーバーなんか使うかなあ」
「そんなのわからないでしょう? 別に老人しか住めない場所なわけじゃないのよ。子供や孫なんかと一緒に住んでる人だっているだろうし」
そうよ、と母の脳裏に稲妻が走った。
「孫が遊びに来る人がいるわよ。あれだけおじいちゃんおばあちゃんばっかりのところなんだから。そのウォーターサーバーはお湯がすぐ出るし、赤ちゃん用のミルクも作れますなんて言ったらみんな喜んで買うんじゃない?」
「あー、なるほどねえ」
「それに、お湯がすぐ出るならお茶もすぐ淹れられるでしょう? やかんで沸かすよりもずっと安心だとかなんとか言えば、もしかしたらもしかするかもよ」
「そうかー、うん。お母さん、いいアイディアかもね」
というわけで山越光は次の日、久しぶりに祖母の家を訪れていた。可愛い孫の訪問を八重は喜んだが、「おみやげ」として持ってこられた大きな機械には微妙な表情を浮かべている。
「光君、これはなんなの?」
「これはウォーターサーバーって言うんだ。ここをひねるとキレイな水が出るんだよ。こっちからはお湯が出るの」
孫の持ってきた物が単なるお土産ではないことに気がついて、八重は戸惑いの表情を浮かべている。
「これ、重たそうに見えるでしょ? お水のタンク。だけどね、電話一本で専門スタッフが即、家まで運ぶし、設置もしてくれるから」
「これ、もしかして光君の会社で売ってるのかい?」
「そうなんだよ! すごく便利だし、おばあちゃんのお友達にもぜひ勧めたいんだ」
あっけらかんとした笑顔を浮かべる孫に対して、祖母の表情は冴えない。
「ごめんね、光君。こういうのを売り込むためには、この団地の会長さんに許可を得ないといけないんだ」
「会長さん?」
「そうだよ。トラブルを避けるために、そういう決まりになってるの」
山越八重の住んでいる
強引な営業をする業者も少なくなく、それに対抗するために団地の自治会は「営業をする場合の規則」を作り、住民たちにそれを守るよう徹底していた。家になんらかの営業が来た場合、まずは自治会に報告し、許可を得てから商談に入るようにさせているのだ。これによって悪質な業者から、何人もの住民が守られてきたのである。
なので八重も、いくら可愛い孫とはいえ決まりを破るわけにはいかなかった。彼女は光を連れて自治会の会長宅の前に立ち、ドアを叩く。
「あれ、山越さん、どうしたの?」
「あのね、この子は私の孫なんだけど、ちょっといい商品を皆さんに紹介したいらしくて……」
土井塚フラワータウンのE-1棟、306号室。
ここからは祖母の付き添いはNGということで、光は一人、中へ通される。
「お邪魔します」
少し薄暗い廊下を抜けて、突き当りの部屋に入って青年は思わずのけぞった。
巨大な敷物の上に、老婆がドドーンと座っている。
敷物は、頭のついた熊がその毛皮をはがされて開きにされたものだ。その上に乗っている老婆は、顔はしわだらけで髪はボサボサ。頭には何のかわからないが大きな角をつけてまるで水牛のようになっている。手には長いキセルをもって煙を燻らせ、胡坐をかいて来訪者をギロリと睨んでいる。
ここは日本で、かつ首都圏と称される場所だったよな、と思いつつ、光は前へ進んだ。
真ん中の老婆ON熊の横には、左右に五人ずつ正座している者がいる。まるで殿様への謁見のようなおかしな雰囲気の中、果たして座っていいものか立ってていいものかわからず、おろおろしているとカーンという音が部屋に響いた。
「そこに座んな」
低い、ドスの効いた声だ。さきほどの音は、キセルですぐそばにある壷状のものを叩いた音だったらしい。老婆はキセルをカンカンと鳴らしながら続けた。
「早く」
「はい!」
光は慌てて床に正座する。
「山越の家の孫だって?」
「はい。あの、今日はウォーターサー」
「待てい!」
迫力のある声で一喝し、この団地の自治会長である
「ここで営業したいんなら、こっちの言う事を聞いてからにするんだね」
「言う事を聞く?」
「自治会から出される三つの試練、全部達成できたら、営業の許可を出そうじゃないか」
サキはくっくっく、と悪代官のように笑っている。横に控える十人もそれに倣って小さく笑った。
「はあ? 試練ってなんですか?」
「悪徳業者を排除するために設けているのさ。あんたがどれくらい本気か見せてもらいたいんだよ」
サキのすぐ左隣に座っている、本来は一番エライはずの自治会長が答えた。
「本来はお前のような礼儀知らずの飛込み営業は全部お断りなんだ。山越のとこの孫だっていうから、特別に試してやるんだぞ。ありがたく思いなっ!」
恐ろしい迫力でサキが怒鳴り、光はビクっと体を小さくした。
団地の中を歩きながら、光はあたりを見回した。小さい頃から何度も来ている場所だが、この巨大なアパート集合体がどれほどの規模なのかは考えたことがなかったことに気がつく。
「ここ、どのくらい人が住んでるんですか?」
青年の質問に、自治会長の還がフンと笑って答える。
「AからGまでそれぞれ五棟、各建物が四階建ての、各階六部屋だよ、若いの」
7×5×4×6……頭の中で必死に計算し、光は840という正解にたどりついた。840世帯。もちろん空き部屋もあるだろうが、恐ろしく魅力的な狩猟場だ。
「ここは老人が多いから、営業やってる連中はこぞってやってくる。そういうのは困るんだよ。騙されて高額な契約させられてなんて悲劇はこりごりだからな」
「騙したりなんてしませんよ。月々一二〇〇円でメンテナンス代込みという良心的な価格設定ですし、今はキャンペーン中で」
「そういうのは全部終わってからにしてもらおう」
青年は仕方なく黙る。しかし「試練」とやらを乗り越えれば話は聞いてもらえるわけであり、一軒一軒しらみつぶしに声をかけていくよりも、ずっと効率が良くなるかもしれない。そんな風に考えて、上司に教えられた感じのいい爽やか営業スマイルを湛えながら自治会長について歩いていった。
「ここだ」
たどり着いたF-3棟の401号室の前には、ゴミがうず高く積まれている。部屋の前にたどり着く以前に感じていた異臭から、一つ目の試練の内容はなんとなく、言われなくても伝わってくる。
「わかるな」
「はい」
一日かかったものの、401号室のゴミはすべて取り払われた。
光は祖母の家で、ようやく安息の時を迎えていた。
「頑張ったね、光くん」
「うん……」
大問題が解決されて、周囲の部屋の住人からは惜しみない拍手が送られている。
「あの鷹野さんがちゃんと片付けるなんて、すごいね、光くんは」
部屋の住人の鷹野瑞江は今まで他の住人からの苦情をまったく聞き入れなかったが、光の容姿が好みだったのか青年の説得を聞き入れ、大掃除をすると決意してくれたのだ。
同様の褒め言葉を自治会長からももらっていた。一つ目の試練はこれでクリアで、二つ目は明日挑むことになっている。会社には大口の契約のチャンスだと連絡をし、本日はクタクタの体を祖母の家で休めることにして、青年は眠りについた。
次の日も、前日同様時間のかかる試練だと大変だと判断して、光は早く起きると再び自治会長のもとへ向かった。棟を間違えて四階まであがって降りたりしながらも、ちゃんと怪しげなキセル水牛老婆の前に本日も座る。
「やるじゃねえか。あの鷹野の家を片付けさせるなんて」
「はい、いえ、あの、はい」
肯定と謙遜で訳のわからない返事をする青年を見て、カッカッカ、とサキが笑う。
「いいだろう。今日は二つ目の試練を受けてもらうよ。還!」
あまりの迫力に緊張したものの、二つ目の試練とやらはただ単に雑用だった。足腰の弱い住人たちのために、荷物を運んだり掃除を手伝ったり、買い物を頼まれて出かけたり、単純な労働をこなしていく。
たくさんの感謝の言葉が団地中にあふれて、光はとても幸せな気分になっていた。
会社の壁、部長の席の真上に掲げられている社訓が思い起こされてくる。
―― すべてはお客様の幸せのために ――
それはこういうことなのかもしれないと、たくさんの感謝の言葉をもらって若者はしみじみと考えた。祖母の家で、二泊目の夜の食卓で向かい合いながら、今日はとてもいい体験をしたと孫は笑顔で話している。みなが敬遠するような仕事に率先して取り組み、単純によく働いたことにいい気分だったし、これだけの感謝をされたら営業の仕事にもしっかり繋がるのではないかという期待が生まれていた。
「あの、これは一体、なんですか?」
「第三の試練さね」
次の日の朝、A-5棟の104号室の前に光は立っていた。目の前の扉には板が何枚も打ち付けられ、更に怪しげな札がベタベタと貼られており、いわゆる「封印」されているような状態だ。
「戻るんなら今のうちだよ」
ロクな説明もしないまま、サキはカッカッカ、と大きな声で笑う。本日はキセルのかわりに大きな木ででてきた杖を持っていて、それをカーンと床に打ちつけると目の前の若者に向かってすごんでみせた。
「で、どうする?」
「どうするもなにも、どうしたらいいんですか?」
「やる、と言わない限り、説明はできない。これは、この団地の最高機密なんでね」
そんなことを言われても、ゆとり世代の若者は困るばかりだ。
一つ目、二つ目とはあまりにも違う三つ目の試練の雰囲気に圧倒され、悩み、どうすべきか考えていく。
団地でのこの二日間。
見つけた「尊い物」。
「やります」
昨日感じた、シンプルな幸福。それを光は思い出していた。きっと、ウォーターサーバーはここの人たちの役に立つ。料理に、お茶に、赤ちゃんに。すべてはお客様の幸せのために。そして社訓はこう続く。
―― お客様の幸せが、私たちの幸せに
「僕は皆さんの役に立ちたいんです! ぜひ、わが社のウォーターサー」
「その続きは、ここから帰ってから言うんだね」
自治会の役員たちがえっさほいさと封印をはがす。そして、全員が左右に列になって並び、花道を作った。
「ここはこの団地の地下に通じている……」
「地下?」
「そうさ。お前のやる気はよくわかった。あとは、地下の自治会長の許可をもらえば完了だ」
サキが目配せをすると、後ろに控えていた還がリュックサックを渡してきた。それを受け取って早速中身を確認すると、懐中電灯や保存食が少し入っているのが見える。
「地下の自治会長さんはどちらにいらっしゃるんですか?」
「そんなのは行ったらわかるさ」
バリバリと打ち付けられていた板がはがされ、とうとう扉が開く。
なんだ地下って。珍しい造りだな。
そんな風に考えながら、光はわりと気楽な気持ちで中へと足を踏み入れた。背後で扉が閉められ、何かわからないが重々しい音が響く。あっという間に闇に包まれて、慌ててリュックから懐中電灯を取り出してスイッチを入れる。
そして廊下を進み、その先にある下り階段を降りて、若者は足を止めた。
ダンジョンじゃん
十文字以内でまとめなさいという問題を出された場合の模範解答はこうであろう景色。十五文字以内でいいのなら、「ガチでダンジョンじゃね?」にレベルアップするであろう光景にあっけにとられる。
迷宮探索系RPGをそのまま現実にしました的な様子にしばし呆然とし、やっぱ無理、とばかりに若者は階段を登って入り口のあるはずの場所をガンガンと叩いた。
しかしのぞき窓はふさがれ、ドアの下の方についているはずの郵便受けも封じられている。何度叩いても、どれだけ声をあげても何の反応もない。信じられない展開に光は思わず座り込んでしまった。
そしてポケットに入っているはずの携帯電話に気がついて取り出したが、たまたまなのかそれともそういう風にされているのか、表示は圏外で通じない。
ガックリとしばらく落ち込んだ後、青年は立ち上がった。ここで呆然と座り込んでいても事態は進展しないはずだと自分を奮い立たせ、ダンジョンへと足を踏み入れた。地下の自治会長のもとを目指して、リュックの中に入っていた懐中電灯を右手にそろそろと進んでいく。
こうして、彼の迷宮探索物語は幕を開けた。
奥へ進み角を曲がると、明るい通路に出た。突然の蛍光灯の出現に少々驚き、同時に安堵する。その光景はこの二日間で散々見た団地の廊下とほぼ同じ造りであり、ドアと窓が整然と並んでいる。それぞれの家には部屋番号と名前も書かれていて、そのノーマルな様子に少し安堵して若者は足を進めていった。
そして、初の地下の住人と遭遇した。
すぐ前の扉から出てきた一人の女性はすぐに光に気がつき、その足を止めて様子を伺っている。
「あ! あの、すみません」
ごく普通の、三〇代とおぼしき女性に若者は声をかけた。
「地下の自治会長さんがどこにいるか、ご存知ないですか?」
「自治会長ですって?」
その単語を聞くなり顔色を変えて、女性はいきなり襲い掛かってきた。
「うわああ」
突然のいわれなき暴力に、光は慌てた。慌てたが相手のスピードがそれほど速くはなく、いや、むしろかなりのんびりしていたので両手を掴んで対抗する。ほんのちょっともみ合い、やめてくれという願いをまったく聞き入れてもらえないことに業を煮やして、最終的に、ドーンと突き飛ばした。
「きゃあ!」
「あっ、すみません……」
はあはあと荒く息をしながら、光が謝る。すると女性は顔をポっと赤く染めて、突然意外な単語を口にした。
「ステキ」
「え?」
「抱いて!」
今度は両手を広げて抱きついてきたのを、慌てて押しのける。
また散々もみあって、光は再び女性をドーンと突き飛ばした。
「なんなんですか!」
「え? だって、こういう設定だから」
「設定?」
「地下なんですよ? 私たちは地下団地妻で、冒険者からしたらモンスターなんです」
「すいません。……ちょっとわかりません」
どういうことなのかと女性に問いかけると、説明するからと家の中へ招かれた。女性の出てきた扉には「奥園」と書かれていて、中はごくノーマルな住居である。
キッチン横のテーブルについてお茶を出され、光は汗を拭いた。
「初めてだったんですね。モンスターとの戦闘」
モンスター、という言葉に青年は戸惑うばかりだ。
「あなた、なにかの営業の人なんですよね?」
「ええ、ウォーターサー」
「それはいいんです。とにかく、この団地で営業したい人はこの地下を攻略して自治会長に許可を取ってもらわないといけないんです」
「はあ……」
「ところで、うちの主人、しばらく帰ってこないんです」
再びモンスターの攻撃。掴みかかってきた腕を光は慌てて払った。
「ホント、やめてください」
「だって設定だから」
「設定ってなんなんですか?」
「この地下迷宮を進むには、団地妻を攻略していかないと」
光は思わず目を閉じて唸った。その隙を逃さず、再び団地妻の攻撃。
光は敵(ミワコ・34 モンスターレベル1)を倒した!
倒したっていうか、攻略した!
勝利を収めたというのに呆然としながら、光は奥園家から出た。そして、少し迷って、結局先へ進む。
戻っても扉は閉ざされており、出ることはできない。こうなったらさっさと自治会長を探して許可をもらうだけだ。
しかしそこに第二のモンスターが現れた。
今度は先ほどのミワコよりも少し若い、ほんわか柔らかな雰囲気の女性だ。
扉から出てきたその女性は、光に気がついて少し驚いた顔で冒険者を見つめている。
光の方も、先ほどのように襲い掛かられないか、しばし立ち止まって様子を伺う。
「あの……」
先に口を開いたのは、女性の方だった。
「はい」
少し構えた姿勢で返事をする。
「何かの、営業の方ですか?」
「はい、ウォーターサー」
そこで突然、後ろからガバっとしがみつかれた。突然のことに慌てていると、やはり目の前の女性も襲い掛かってくる。
全力で暴れて、二人をドーンと引き剥がす。
「……ステキ!」
「抱いて!」
団地妻たちの設定にブレはなかった。あっという間に家の中に引きずり込まれ、光は「旦那は今夜帰って来ないのアタック」をおみまいされる。
光は敵(ショウコ・26 モンスターレベル1)(ミツエ・41 モンスターレベル5)を倒した!
倒したっていうか、攻略した!
光はちょっと納得いかないまま、でもなんだかんだどんどん敵を倒していった。倒していったっていうか、攻略していった。
得た経験値でレベルは上がり、この迷宮攻略の糸口を少しずつ掴んでいった。
倒したモンスターによっては、おいしいご飯を用意してくれるとか。
団地夫(これもモンスター・仲間を呼ぶコマンドで出現)が現れない場合はお布団で眠れるとか。
団地妻に効果のあるアイテム(香水や宝飾品など)を使うといいとか。
そんなこんなで探索を進めていくと、とうとう中ボスが現れた。事前にミズキ(31・モンスターレベル8)が教えてくれた通り、各棟にはそれぞれボスクラスの団地妻がおり、それを倒すことで次の棟に進めるようになるのだ。
今やレベル18になった光にとって、一体目の中ボスは敵ではない。あっという間に倒すと、パラララーンと景気のいい効果音が団地中に鳴り響く。
光はA-1棟のボス(アキヨ・45 モンスターレベル16)を倒した!
倒したっていうか、年とか関係なく攻略したった!
さすがは中ボスで、倒した際のご褒美は半端ない。地下団地の地図の一片と、伝説の武具と財宝なんかも手に入った。
慣れとは恐ろしいもので、光は最早疑問を感じることもなく、迷宮をズンズンと突き進んだ。
時には可愛い系妻にマジ惚れしそうになり、時には間男として団地夫の集団に追われ、地下では最高齢妻(キヌヨ・88)にカツトシくんは可愛いねえと贔屓されながら。
迷宮に渦巻く、愛、友情、……そして裏切り。
それらをすべて乗り越え、光は進んだ。
そして、伝説の地下団地王となった。
A-5棟の104号室の扉がギシギシと音を立て、そしてズバーンと手前に倒れる。
そのあまりにも大きな破壊音に近所の住人が集まってザワザワしている中、彼は現れた。
逞しく成長し、レベルはカンストの100まで上がった上に光輝く伝説の地下団地王の武具をまとった、山越光である。
彼は悠々と歩き、住人が避ける中、進んだ。目指すはE-1棟、306号室。
その扉をバーンと開けると、中から住人が慌てて飛び出してきた。
「なんですかあなたは!?」
「帰ったぜ、勇者が……!」
「なんだその格好は! 変質者だな、通報するぞ!」
焦って306号室の表札を確認すると、「小紫」ではなかった。お引越しでもしたのだろうか。
勇者は慌てて走った。目指すはG-2棟の202号室、つまり祖母の家だ。
しかし何度ドアを叩いても応答はない。祖母はもう七十七歳。嫌な予感が背中を走りぬける。
彼は走った。自分の家へ。車で一時間の道のりは走ると遠くて、レベル100でも結構かかった。
「ホント何やってたの、三年間も」
「いや、地下の攻略を……」
「いくら仕事がつらいからって、連絡のひとつも入れないなんて!」
あやうく葬式出そうかというところだった、という母の言葉に、地下団地王はグッタリする。レベル100なのに、すんごい耐性を持っているのに母の厳しい叱責には効果がないらしい。
「おばあちゃん、最後までアンタの心配してたわよ!」
「えっ」
「会社もクビになってるのよ!」
「えっ」
「これからどうするの!?」
散々怒られてしょんぼり落ち込んで、結構長い間引きこもった後、山越 光は素晴らしい事業を思いついた。
地下迷宮攻略アトラクション「D&DD」……ダンジョンズ・アンド・ダンチヅマの誕生である。
地下団地王の要請に、自治会長もイヤとは言えずに協力をしてくれた。
団地妻という言葉にこめられたエロスの響きと、地下迷宮攻略という男のロマンは見事に融合しビッグバンを起こした。全国の好事家たちが集い、毎日地下団地は大賑わいである。
その様子を、伝説の地下団地王は満足そうな顔で見つめていた。
彼のオフィスには「みんな、勇者になれる」という標語が掲げられている。
始まって一ヶ月で、あっさり警察の手が入ってこの事業は失敗することになるのだが。
……まあ、そんな野暮な話はまた別な機会に。
D&DD 澤群キョウ @Tengallon422
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