第48話 新たな追手



 家族に見つからないようにこっそりと部屋に入ってもらい、陽一は居間に行くと、ちょうど母が食事を用意しているところだった。


「あら、お帰り」


 食器を並べながら、手伝ってと頼まれる。陽一は何も言わずに食事の用意を手伝っていたのだが、すぐに部屋に戻らなければ、あの佐野なら下へ降りてきてご飯を食わせろと言いだすだろうと思った。


「母さん、あのさ、部屋で食べてもいいかなあ。友達が来てて」

「え?」


 母が手を止めて顔をしかめた。


「部屋まで持っていかなくていいじゃない。下で食べなさいよ」

「いや、恥ずかしがりやでさ、顔を合わせるのが嫌なんだって」

「もしかして彼女?」


 母がぎょっとした顔をする。陽一も同じようにびっくりして大慌てで手を振った。


「ち、違うっ。それだけは絶対に違うっ」

「あら、そう……」


 激しく拒否をしたため信じてもらえただろう。

 母は夕食のシチューとサラダを二人分用意してくれた。安堵しながらトレーに乗せた食事を自分の部屋に持っていくと、ドアが突然、開いて佐野が手を伸ばした。あっという間にトレーを奪われる。


「おお、いい匂いがすると思った。シチューだな」


 鼻を近づけてひくひくさせた。母に見つからないようにすぐさまドアを閉めた。


「もう、見つかったらどうするんですか」

「その時は、その時さ」


 佐野がにやりとする。陽一はため息をついた。

 佐野はあっという間に食事を食べてしまうと、おかわりが欲しいと言ったが、大盛りにしておいたので、もう無理と断った。


「まあ、仕方ない」


 佐野はそう言ってお茶をぐびりと飲みほした。食器を片づけるため下りてから、部屋に戻ると、佐野がごろりと床に寝ころんでいた。


「寝ないで下さいよ」

「大丈夫だって」

「寝るんなら社に帰ってからにしてください」


 何しに来たのか分からなくなる。すると、佐野はのそりと体を起こした。


「いや、きちんと話すまでは帰らないよ」


 佐野は顔を引き締めると、陽一の方へ体を寄せた。


「いつだったか日にちは忘れたが、俺はある居酒屋で酒を飲んでいた。それがいつの間にか女が一緒にいて、それはもう美しい女でね」

「はあ……」


 陽一はどうでもいいんだけど……と思いながらも、我慢して話を聞いた。


「顔は美しいとだけしかおぼろげで覚えていないんだが、気がつくと俺は居酒屋で眠っていた。店の男に勘定を払えと言われて目を覚ますと、財布はあったが力を奪われていた」


 佐野が悔しそうに手を握りしめる。


「この俺の力を奪うなんて、そんな事ができる女はただの人間じゃない。きっと、その女は何かしら力を使って俺を眠らせて力を奪っていったのだ。頼む、陽一くん、その女を探してくれ」

「へ?」


 陽一はびっくりして佐野を見た。


「ま、まさか、無理ですよ。そんな話だけで分かるわけないでしょ」


 佐野はぐっと身を乗り出すと陽一の手を握りしめた。


「いいや、君ならできる。何せ、晶の恋人なんだから。この世界で唯一力を持っている人間は君しかいないんだから」

「無理ですって。だって、佐野さんの力を奪った女でしょ。それにどうしてその女の人が力を奪ったって分かるんですか?」

「む?」

「何かあるんだ」

「いや……その……」


 佐野が目を逸らす。


「教えてくれないと手伝いませんよ」

「うーん」


 佐野は低く唸ってから目を閉じた。


「……俺の命を狙っている男がいる。名前はイカワだ」

「イカワ。誰ですか? それ」

「この土地に昔からいる男だ。俺が地上へ下りた時、神として崇められてしまってな。そのことに対して恨みを持っている。そして俺を追い出そうとしている」

「えっ? それって……。その人、ものすごく強い人なんじゃないですか?」

「いや、俺には及ばんさ」


 ハハハと笑ったが、その力を奪われたと自分で言ったではないか。しかも、今、イカワに襲われたら佐野はどうなるのだろう。

 不安がよぎった。


「イカワって人はどこにいるんですか?」

「あいつはどこにでもいる」

「え……」


 どこにでもってどういうことだろう。


「じゃあ、常に狙われているの?」


 陽一はぞっとして思わず窓の外を見た。


「大丈夫、結界ぐらい張っているだろ」

「張れるわけないでしょ」


 思わず怒ってから、どうやったら結界なんて張れるのか。そもそも陽一は知らなかった。


「大丈夫、君は守られている。だから、頼む、陽一くんにしかできないんだ」


 佐野は手を突いて頭を下げた。


「そんな……」


 陽一は思わず顔を押さえた。


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