第24話 管窺

 喫茶店で現状分析を終えた翌日、2人はお得意様の元へ訪れていた。

「10口で40万ゼニー。確かに受け取りましたわ」

「いつも綺麗な花をありがとうね。この町は花が少ないから、チューリップは癒しだよ」

「喜んでいただけて何よりですわ。ところでサルケス様、貴方は大麻はお吸いになりますか?」

「いや、吸わないよ。あれは体に悪いからね。幻覚・妄想、意識障害、記憶力の低下。楽しんだ後に来る不快感が嫌で、1回でやめちゃったよ」

「そうですわよね。あれは良くありません。でも今は大麻を吸うのが流行してしまっていますわ。この状況、変えたいと思いませんか?」

「変えたいとは思わないけど、僕はあんまり好きじゃないなぁ」

「あら、そうですか」

 チューリップは言葉に詰まった。

「私は変えたいと思っています」

 ナザトが沈黙を破った。

「そこでサルケス様には、ある噂を流していただきたいのです」

「噂? 嘘は吐きたくないんだけど」

「いずれ引き起ることを早めに警告するだけです」

「して、その噂とは?」

「大麻が原因で死んだ人を見た。と」

「それはあまりにも過激すぎる。僕にはそんなこと言えない」

「分かりました。では別のことを頼みましょう」

「何かを陥れるようなことはお断りだからね」

「分かっていますよ。頼み事は2つ。1つ目、嫌煙家のお金持ちを紹介していただきたい。2つ目、チューリプを1億で買うか、買ったと嘘を広める。以上です」

「前者については拒否する理由はない。して後者だが、嘘は好かん。だから買うよ。1億で」

「お買い上げありがとうございます」

「まったく、何をするつもりなのか知らないけど、倫理を無視した商売はいずれしっぺ返しがくるよ」

「倫理じゃ役に立てないこともありますわ」

「私も目的を達成するまでは、倫理とは対岸の存在でいるつもりです」

「そうかい。まぁ忠告はしたからね」


 2人は屋敷を後にした。

「チューリップさん。先ほどのことなのですが……」

「ああ、誰のお役に立ちたいのか、知りたいのですわね?」

「ええ。まぁ」

「私は日東から直接ここに来たわけではありませんの」

「どたらにいらしたんですか?」

「ここから少し南の、オクロトにいましたわ」

「何か嫌なことでもあったんですか?」

「別にそういう訳ではありませんわ。ただそこで出会ったのです。運命の方と」

「それは良かったですね。どんな方なんですか?」

「テンビーさん。生粋のギャンブラーですわ」

「ギャンブラー……ですか」

「アヅナロから賭博をするためにオクロトへ旅をしていたところ、ばったり会いましてね」

「チューリップさん、賭場にいたんですか?」

「しばらくはそこで働いていたんですの」

「意外な経歴ですね」

「そこにやってきたテンビーさんは、一目で私を欲しいと申し出てくれましたの。あの情熱に燃えた目は忘れられませんわ。あんなに強く求められたのは初めてですの。本当に嬉しかったですわ」

 ――ギャンブラーというのが気になるが、本人たちが納得しているのなら、まあいいか。

「それは良かったですね」

「ええ。本当に。だから私はあの人のためにお金が必要なのです。ところで、ナザトさんはどんな目的があるんですの?」

「私は――」

 事情を説明した。

「そうでしたか。知りたいことが。ちなみにそれを知った後はどうするつもりなのですか?」

「その後……。考えていませんでした。どうすればいいんでしょう?」

「それは自分で決めることですわよ。まあ、実際に知ってからでないと分からないこともあるでしょうし、あまり重くとらえずに、それでいて考えることを辞めなければ何か思いつくでしょう」

「そうですね。ゆっくり考えていきます」

 彼女たちにとっては、これが倫理を捨てるに足る理由なのだ。若さによる視野の狭さと思い切りの良さとは恐ろしいものである。


 ナザトと分かれたチューリップは手紙を読んでいないことを思いだした。

 ――そういえばまだお手紙を読んでいませんでしたわね。

「え?」

 手紙にはセレカレスが死ぬことが書かれていた。

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