第16話 甘味革命

 夕暮れ。家主が帰ってきた。

「ナージャ。客か?」

「サトウキビちゃんにね。貴方にもお話があるみたいよ」

 ナザトは自分から挨拶する。

「ナザトです。サトウキビさんとは昨日知り合いました。それでも私は彼女の役に立ちたいと思っています。その為に保護者の方々の協力を仰ぎたくお邪魔しております」

「丁寧だな。俺はカイ。大工だ。それで話ってのは何だ?」

「現在カイさんに建築を依頼した方と、会わせていただけませんか」

「そいつぁ無理な相談だなー」

「不利益を与えることはいたしません。約束します」

「俺は何も、お前さんを疑ってるわけじゃねぇ」

「では何が――」

「そもそも俺達が依頼主と会うのは、仕事の開始と終了、納期に間に合わない時。この3回なんだよ。後は依頼主の気まぐれで観察しに来る時だけ。貴族に会えるといっても、多くはないんだよ」

「あとどれくらいで完了しますか?」

「2ヶ月くらいだな」

「2ヶ月……」

 ――それでは間に合わない。祭りより早く、貴族御用達の状態に持っていきたい。ならばやるべき事は1つ。

「私に手伝わせてください」

「仕事嘗めんな」

「実力を示せば手伝わせてくれますか?」

「やってみろ」


 浜辺に行って、力を証明することにした。

 ――実際、建築の経験はない。でも本で読んだ。小さい物ならすぐに作れる。

「複合魔法・建築」

 煉瓦、接着剤、鉄、硝子を作り、小さな家を建てた。

「見てくれは上出来だ。だが問題は安全性だ。特にこの島は台風が多い。雨風に弱ければ売り物にならない」

 そう言ってカイは水魔法と風魔法を使ってみせる。女子2人は固唾を飲んで見守る。

 徐々に強める。そして1度止める。

「どうだった?」

 サトウキビが問う。

「まだテストは終わってねぇ。時間、向き、強弱の波を変えて複数回試さなければ、真の強度は分からねぇ」

「そっか」

「続きは飯の後だ。帰るぞ」


 その日のナザトはカイの家で評判にあずかった。

 夕食後。

「では試験の続きをお願いします」

「そう急くな。吸わせろ」

 男はパイプをふかす。

「やはり仕事の前はこれに限る。体が軽いかりぃわ」

 その後⒉時間に渡りテストを行った。

「うん。まぁこれなら十分だろう。お前、名前何といった」

「ナザトです」

「ナザト。明日から4時に起きろ。遅刻したらその時点で、貴族に会わせる話はナシだ」

「はい!」


 翌日からナザトは建築を手伝うことになった。その災害球の魔力量と、一級の現場の指揮により、完成を1月半も早めた。

 約束の時、貴族との対面が叶う日がきた。

「納期より大分早く終わりましたね。早いのはいいですけど、正しく完成出来ているのですよね?」

「問題ありません。我々は誇りと責任感を持って仕事をしています。今回早くできたのは、この者の協力があったからです」

 カイはナザトを前に引き寄せる。

「その功労者が、貴方に話をしたいそうなのですが、お時間を貰ってもよろしいでしょうか?」

「かまいませんよ」

「私たちが作ったお菓子を召し上がっていただけませんか」

「お菓子?」

「ベイクドチーズケーキです」

「ふむ。初めて見る食べ物ですね」

「甘味の一種です」

「ほう」

 貴族がケーキを食べる。

「おお。美味である。しっとりなめらかな食感に、濃いチーズの味。さわやかな甘みが実に美味しい」

「私は甘味をこの島に根付かせたいのです。そのために今度の祭りでこれを売るつもりです。そこでマウセ様には、チーズケーキを貴族の間で広めていただきたいのです」

「なるほどね。権威を借りたいと」

「そうです」

「でも駄目」

「なぜですか?」

「貴族の特権はいずれ庶民に行き渡るのが世の常です。でも今回はそれまでの期間が短すぎます。すぐに廃れる特権を広めたとあっては、私の見る目が無かったと馬鹿にされてしまう」

 ――なるほど。その考えはなかった。貴族のメンツへの意識の理解が足りなかった。

「ではこういうのはどうでしょう」

 サトウキビが口を開く。

「甘味の材料である砂糖。その元であるサトウキビを作る畑を用意します」

「それはいいですね。原材料があれば、チーズケーキが廃れてもすぐに新しい物を作れる。これはビジネスチャンスだ。いいでしょう。貴族間に、この甘味を広めましょう」

 交渉成立。ひとまず第一目標は達成した。


 そして祭当日。店は盛況した。貴族の間で広まっている食べものを、お手頃価格で買える。その宣伝文句が功を奏し、初日は3時間で売り切れた。

「サトウキビさん。売れましたね」

「はい。こんなに早く売れきれるとは思いませんでした」

「この調子なら明日もすぐ売り切れるでしょう。これなら貴女の願い、「自信を持つ」も達成できそうですね」

「……ええ。……そうですね」

「すぐには難しいかもしれませんが、そのうち認められるようになりますよ」

「はい」

 ――違うんだよ。ナザトさん。確かに自信を持てたら嬉しいけど、私の願いはそれじゃない。沢山の人に求められることなんだよ。畑を用意したのもそのため。ナザトさんには悪いけど、私はまだ植物に戻るわけにはいかない。

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