第7話 巨大な獲物

 胸の痛みで意識を取り戻す。

「あ"がッ!」

「あっ、起きた」

 見渡すと、船の上だった。

「船の上……。引き揚げてもらったみたいですね。ありがとうございます」

「それと心臓マッサージもな。肋骨が折れてると思うが、命の代わりと思え。あと、水を吐かなきゃだから横になってろ」

 そう言われてナザトは横になる。すると水がこみあげてくる。ゴホゴホと水を吐き出す。

 ――初めての経験だ。漁をしたのも、水中で魔物と戦ったのも、水深100メートル以上に潜ったのも。でもちゃんと収穫はあった。それは本当に良かった。これでトウガラシに認められる。やっと、彼女の抱える問題を解決することに協力出来る。ここまで来るのに、沢山の人の協力が必要だった。船に乗せてくれたこの人たち。潜るのに必要な道具を売ってくれた人、作った人。酒場で話を聞かせてくれた海賊たち。さらに遡れば、軍資金をくれた人たち。皆に感謝を伝えないと。

 

 早朝5時。港に着いた。漁師兼海賊の男たちは、釣った獲物を陸に引き上げる。手伝いますと申し出るが、怪我人には任せられないと断られた。

 引き揚げた後は競りにかけられる。何と巨大エイは300万で売れた。そしたら売り上げを分配する。

「ガキンチョ。お前の強化魔法がなければ負けていたかもしれん。少し多めに渡してやる」

「いえ、こちらこそ、私一人では釣るどころか、海に出ることもできませんでしたから。それに、潜った後に引き揚げて貰わなかったら、今頃魚の餌になってました」

「それはそれ、これはこれ。とりあえずもらっておけ」

「分かりました。ありがとうございます」

 中を見ると30万ゼニーが入っていた。船出の依頼に50万出したので、20万の赤字だ。だが、彼女はそう考えなかった。酒場でトウガラシの海賊に奢ったのが30万。そこの穴埋めが出来てラッキーと考えた。


 宿に戻ると彼女は骨を治癒魔法で治し、泥のように眠った。

 起きたのは7時間後。13時だ。

 ――もうお昼か。風呂入ってからご飯食べて、そしたらトウガラシさんに報告しよう。

 そして彼女は酒場へやってきた。

「やあ、ナザトちゃん。もう来るとは、随分と早いね」

「皆さんの協力のお陰です」

「みたいだな」

 ナザトは槍を机に置く。

「この槍は魔道具です。伸縮自在の槍。財宝と呼べるかは分かりませんが、皆で取ってきたものです」

「知ってるよ。ずっと見てた」

「見てた? どうやって?」

「私は、私が生み出した唐辛子を食べた鳥と五感を共有し、操ることができる。と言っても消化されて、種子が排泄されるまでの間だけどね」

「これまた便利な能力ですね」

「まあな。それで合否判定だが――」

 ナザトは唾をのむ。

「合格だ」

「良かったー」

 彼女は安心し、椅子に座る。

「漁はお前さん中心とはいかなかったが、それ以外は出来ていた。そして何より感謝を忘れなかった。私たちの仕事は支え合って初めて出来るようになる。感謝を忘れるような奴には身の上話なんてしない」

 晴れて実力を認められたナザトは、ついに彼女が抱える問題を聞く。

「あれは私がまだ拠点を見つけられていなかった頃」


「野郎ども! 出向だ!」

 港から出て北へ向かう。トウガラシは貿易先から彼らに着いてきて、ネニスへ向かうことにした。この船でのトウガラシの仕事は食品管理と鳥を使った偵察。

「おう、新入り。何で樽の内と外に唐辛子を入れてんだ?」

「唐辛子にはテルペノイド系化合物って成分が入ってる。これが揮発すると、虫が寄ってこなくなるんだよ」

「よく分かんねーけど、味が変わったりはしねーだろうな?」

「基本的に臭い移りはしないし、したとしてもこれは柑橘系の匂いだから問題ない。むしろ肉に唐辛子は合うんだぜ」

「へー。そりゃ凄い」

「!! ここから二時の方向、2キロ! 魚群あり! こっちに向かってる!」

「でかした。舵を切れ!」

 船を北東に向けて進める。


 その日は大量だった。

「これだけあれば3日くらいは持つな。トウガラシ。良く見つけた」

「これが私の仕事だからな。偵察なら任せろ」

 その日は肉と魚で大いに盛り上がった。

 夜になった。順番に見張りをする。トウガラシは鳥と感覚を共有して見張りを行う。

 ――夜の海っていいなあ。波の音に集中できる。落ち着く。このまま朝までゆっくりしてたい。

 が、その思いは叶わなかった。

 遠くから2つの発行体、つまり目が見えた。こちらに近づいてくる。鳥の顔を水につけてみる。全長15メートルほどある、巨大な烏賊イカがこちらに近づいてくる。鐘を鳴らす。

「起きろ! 烏賊だー!」

 

 船員が目覚める。漁の道具を用意して甲板に上がる。

 烏賊が泳ぐ勢いで波ができ、船が揺れる。

「こりゃ相当デカいな。野郎ども! 締まってけ!」

 月明かりを頼りに獲物を探す。すると触手が海面から伸びてくる。船にまとわりつく。

「吸盤だけを切れ!」

 海賊たちは商品価値を下げないように、最低限の攻撃を仕掛ける。

「銛を刺せ! ありったけだ!」

 船員たちは次々と銛を刺す。

 「キュエェー」と叫び声がする。

「こいつは魔物だ! 殺しても商品にはならねー! 逃げるぞ!」

 操舵手は烏賊とは反対へ舵を切ろうとするが、触手が船に絡まっていて逃げ切れない。

「もうこいつは獲物じゃねー! 容赦せず腕ごと切れ!」

 全員で攻撃を仕掛ける。しかし相手が巨大すぎて、効果が薄い。

「船長!」

「分かってる! そもそも俺らは魔物退治なんて想定してねーんだ。装備も人員も足りねー。それでも、やるだけやらねーと死ぬだけだ」

「私がやる」

 トウガラシが名乗り出る。

「新入り?」

「目を瞑ってろ。発光する」

「お前ら! 目ぇ閉じろ!」

光源発臨こうげんはつりん

 釣り竿の先を光らせる。

 烏賊が突然の発光に怯む。触手が何本か離れた。

「一本だけ残ってます! あれを切ってください!」

 男がそれを切ろうと近づく。振りかぶったその時だった。

 烏賊が墨を吐いて光を遮った。墨が船離していた触腕を、再度船に引っ付ける。そして――。

 船が真っ2つに裂けた。触腕で左右に引っ張り、引き裂いた。

 魔物は触手を離すと海に潜った。一瞬静まり返る。

「皆無事か?」

「ああ。なんとかな」

「奴はもう満足したのか?」

 そんなやりとりをしていると、波が一定の方向に流れていることに船長が気が付いた。

「何かある。全速力でここから離れろ!」

 だが遅かった。烏賊が腕を使って渦巻を作ったのだ。渦の中心では奴が口を開けて待っている。

 皆、マズいと思った。必死に泳ぐが抵抗あえなく飲まれていく。

 トウガラシも、これは死んだと思った。しかしそうはならなかった。口に入った瞬間、烏賊が彼女だけを吐き出した。


 日が登った。トウガラシは水面から顔だけを出して、ぷかぷかと浮かんでいる。彼女は鳥を使役し、陸地へ運ばせた。彼女だけが生き残った。

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