トウガラシ
第5話 画策
ダイズを畑に埋めた後、ナザトはダイズ宛の手紙と彼女の服を回収した。
ダイズの部屋に行き、物を置いた時だった。食器を回収しに来たオーナーテツと鉢合わせてしまった。
「誰⁉」
「この宿に泊まってるナザトです」
「ああ、お客様ですか。いや、なんでここに居るんですか? 従業員用の部屋ですよ」
「この部屋の住人の荷物を届けに来たんです」
「意味が分かりませんが」
「とりあえず、ダイズさんからの手紙を読んでください」
机には彼女からの手紙が置いてあった。オーナーはそれを読む。
彼は泣いた。
「バカ野郎。俺は畑のこととか分かんねーっての」
「彼女の遺したものはこの町を支え続けます。そうしたいと思えるほど愛に満ちたこの町を、私は羨ましく思います。どうかこれからも愛情の輪を繋ぎとめてください」
「勿論だ」
昼食を食べて、ナザトはこの宿を出る。
まさか10日ほどここに滞在することになるとは思わなかった。でもそれだけの価値はあった。これからも彼女たちの満足の支えにならなきゃと認識出来た。まあ、宿泊費で7万ゼニーかかるとは思わなかったけど。といってもお金は十分にある。金より彼女たちの満足だ。その意識は忘れずいよう。
さて、次はさらに南。南アニサ海付近、ネニスが近い。相手はトウガラシ。どんな人だか。
4日後早朝、彼女はネニスに着いた。
――まずはトウガラシの情報を集めよう。
よそ者は情報が手に入りそうな場所を探す。手始めにさかな市場に行ってみる。鯛、マグロ、蛸、鮫etc。新鮮な魚が安価で売られている。
――おお、凄い。山育ちだから川魚以外は初めて見るなぁ。活気に満ちているし、楽しい町だな。
「お嬢ちゃん、見ない顔だね。旅人かい?」
「そんなところです」
「捌いてあげるから買っていってよ」
「じゃあ、このブリってやつを一尾ください」
「まいどあり」
ナザトは店主の厚意を受け、捌きたての刺身を食べる。
「うわ美味しい」
「だろ?」
「コリっとした弾力があって、噛むたびに甘味とうまみがにじみ出てくる」
「いい反応してくれるねぇ」
「ここでは、いつもこんなに美味しいものが食べられるんですか?」
「まあな。それもトウガラシさんのお陰だよ」
「トウガラシ⁉ 今その人何処にいるか分かりますか?」
「うん? さっき海から戻ってきたから、近くの酒場にいると思うぞ」
「ありがとうございます。私行きますね。魚、ご馳走さまでした」
彼女は市場を後にする。
酒場に入る。そこには粗暴な男たちが酒盛りをしていた。
――声デッカ。さっきのとこより煩い。
そんなことを考えながら店を見渡していると、店主が声をかける。
「嬢ちゃん、まだ飲める年じゃないだろ。さっさと帰んな」
「トウガラシさんに用があって来ました」
「姐御に? お前みたいなガキが?」
どうやらトウガラシは姐御と呼ばれているらしい。それだけ慕われているということだ。
「駄目ですか?」
「いや、会うのは自由だぜ。ただ、お前みたいな小便臭いガキが会ったところで、まともに取り合ってはくれないだろうなぁ」
意地悪な笑みを浮かべる。
「その人はそんなに狭量なのですか?」
店主の煽りにカウンターを食らわせる。
「おっと、そいつは聞き捨てならないな」
背後から声をかけられる。振り向くと赤髪で筋肉質でやや大柄な女性が立っていた。
「私は人を選ぶが、選ばなかった相手だって丁重に向き合うさ」
トウガラシ本人だ。
「私とて、本気でそう思ったわけではありませんよ」
ナザトは鞄から手紙を取り出す。
「これは?」
「セレカレスさんからの手紙です。皆さんにお届けしています」
「そりゃご苦労だったな。あとでちゃんと読ませてもらうよ」
トウガラシは立ち去ろうとした。その背後から、引き留めるように声をかける。
「それと! 貴女達を本来の姿に戻すようにとも、仰せつかっています」
「ほぅ。私を香辛料に戻そうってのかい」
「何も知らずに戻そうとは思いません。皆さんはそれぞれ問題を抱えていると、コムギさんから聞きました。私はそれの解決に協力したい。だから話を聞かせてください」
「私に協力したいというなら力を示してみな」
「力の示し方は自由ですか?」
「海から財宝を集めてきてもらう。方法と人数は自由だ。だが必ず、お前さんが中心になって財宝を獲ってくること。じゃ、楽しみにしてるよ」
彼女は席に戻り、酒盛りを再開する。
「で、どうするよ? 嬢ちゃん」
「とにもかくにも情報です。財宝がありそうな場所の情報を聞き出します」
「どうやって?」
「酒場を転々とし、大人にお酒を奢ることで情報を聞き出します」
「払えるのか?」
「問題ありません。私こう見えてもお金持ちなんですよ。手始めに――」
彼女は息を大きく吸った。
「皆の者聞け! ここは私が奢る! 好きなだけ飲むといい!」
「うおおおお」と盛り上がる。
海の男たちが酒をあおる合間を縫って、ナザトは情報を聞き出す。
「ねえ、おじさんたちは漁師なの?」
雰囲気に合わせて、少し砕けた口調で質問する。
「それも兼任してるが、俺たちは海賊だぜ」
「海賊なんだ。格好いいね」
「分かるかい? 俺たちは命がけで海と戦ってる。波に揺られながら、屈強な魚たちと戦う。魔法を使えば楽に獲れるが、売り物にはならなくなる。鍛えた肉体と釣り具、そして仲間。この3つが頼りだ」
「凄いね。私は魔法に頼ってばっかだから、憧れちゃうなー」
嘘である。彼女も狩りをする際は魔法は使わなかった。だが、相手をおだてるために話を合わせる。
「そうだろうそうだろう」
「そんなおじさんの一番の戦績を教えてよ」
「俺の最大の釣果は3メートルを超える巨大鮫だな」
「3メートル⁉ 大きいね」
「これくらいになると、重さ300キロにもなる。引っ張られないようにするだけでも一苦労よ。それを人力で引き上げようってんだから、死闘もんだぜ」
「どうやって釣り上げたの?」
「銛で突いて体力を奪いながら、他の奴が網を引っ張るんだ。それと、船が獲物に持っていかれないように操縦するやつも必要だな。全員が一丸となって、何時間もかけて釣り上げるんだ」
「チームワークがないと出来ないんだね」
「そうだ。トウガラシの姐御が人を選ぶのもそれが理由だろうよ」
「なるほどねー」
「話の続きなんだがな、鮫のいた所から金属の反応があったんだよ。それで潜ってみたら宝箱があったんだ。あいつはきっと守ってたんだなー」
「じゃあおじさんたちは、門番を倒しちゃったんだね。流石海の男だね」
「まあな」
「お話聞かせてくれてありがとう」
と、こんな感じで何人かに話を聞いて回った。
円もたけなわ。客の殆どは帰っていった。
――話を聞く限り、大物がいるところと財宝があるところは被っているみたいだね。だったら、今日聞いた話を総合して、大物がいる場所を特定する。どうやって船にのるかだなぁ。まぁとりあえず宿に泊まってゆっくり考えよう。
「マスター、お代は?」
「30万」
お酒って高いんですね。そう言いながらも、ポンと出す。
「へぇ。本当に金持ってたんだ」
「まぁ、それに見合うだけの情報は手に入ったので、満足です」
「そうか。じゃあ頑張れや」
マスターとトウガラシは、店を背にするナザトを見送った。
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