第204話

今日ほど充実しすぎた日を過ごしたことは、果たしてあっただろうか。



朝六神と喧嘩して、仕事して、水絵さんにご同行をお願いされて、朋政先輩の告白を断って、今に至る。



今私は、六神のアパートの前に来ていた。アパートってどうしてもインターホンを使わずにドアを叩きたくなる衝動に駆られる。昔の刑事ドラマのように。



でも六神には、ドアが分厚くて叩いても大した音はしないからインターホンを使えと言われていた。




「こんばんは。」


「だから叩いても音響かないんだってこのドア。」



その癖、割と早く玄関から出てきた六神。まるで私を待っていたようにも思えた。



この重い男は、メールよりも電話よりも電報よりも、実際に訪れることで機嫌が治るらしい。 



片眉を上げてから、ふっと笑い声が漏れて。私に柔らかな表情を向ける。


 

「先輩と、切ってきた。」


「え、嘘」


「嘘ついてどーすんの。」

 

「……切ったって、どうやって?」

 

「こう、ざくざくっと。」

 

「ざっくりしててお前らしい。」




ざっくりしている私は、水絵さんが貰ったはずの、水絵さんの手首につけられていた腕時計を平気でしていた。



だって、本当は私のために買ってくれたものなんだから。あんたに先輩から貰った腕時計が見合わないと言われたこと、あらぬ方向へ盛大に勘違いしてごめんね。



腕にはめた星空の腕時計を、六神の眼前で見せてやる。




「これ、水絵さんから手渡された。」


「………え…」


「水絵さんに、小動物カフェに連行された。」


「……は…」


「水絵さん、朝六神を会社に送ってきた時に私が央海倉庫で働いていることを知ったんだって。で、帰りに私を待ち伏せしてて」


「待ち伏せ?……無事なのお前。」


「うん無事。」


「なんかされた?」



首を横に振る私。不安な顔が、一気に和らぐ六神。

でも喉を鳴らした後、私の瞳を勘ぐるようにじっと見つめてくる。



そうだよね。なんで水絵さんは私の顔知ってたのって感じだよね。

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