第183話

「……先生?」



私が部屋から出たのを確認すると、すぐに研究室の鍵を閉める。いつもの優しい先生とは違う違和感に、どうしても気付きたくはなかった。



「……私、盗撮されたんですよ?」

 

「それは残念だったね。」


「…残念って。せ、先生は、自分の恋人がそういうことされて、嫌だと思わないんですか…!」


 

他人行儀に、残念だという言葉が信じられなくて。



エレベーターまで早足で行く先生の背中を追いかけて、先生のシャツを触ろうとした。



「悪いんだけど、君を恋人だなんて思ったことはないよ。」



こっちを振り返ろうともしない先生。



その事実を容易く認められるわけがない。私は本気で先生のことが好きなのだから。



「待って下さい!先生、どうしたんですか?!」


「……静かにしてくれ。他の人間に聞かれるとまずい。」 



急に態度を変えた先生も、どこか線引きを感じる先生の言葉も、私が問いただす度に酷くなっていく。



私はどんなにあしらわれようとも諦めきれず、そのまま駐車場までついて行った。



「納得できません!先生、困ったことがあれば連絡してこいって言ってたじゃないですか!」 



さすがにしつこい私に嫌気がさしたのか、ようやく足を止めた先生。スーツのポケットから折りたたみ財布を取り出し、中から一万円札を何枚か取り出した。



「これでいい?」


「…………」


「慰謝料代わりってことで。取っておきなさい。」




最初はすぐに理解ができなかった。



なんで私、お金なんて渡されてるんだろう。



先生は私を可愛いって言ってくれて。先生の都合に、散々合わせてきて――――




「僕は潔癖だから、盗撮されるような子は好まないんだ。」




なにを言っているんだろうこの人。



ついこの間まで私を抱いてたのに。なにが潔癖だというのだろう。



理解なんてできるわけない。現実を受け入れられない。



私を納得させてもくれない先生は、そのまま車で行ってしまった。



辛いよりも悲しいよりも、絶望に近かった。



夏休みに入ったばかりとあってか、生徒はほとんどいなくて。



自分がどこをどう歩いてたのかなんて分からなかった。



ただ誰もいない空間に取り残された気がして。途方もなく何か縋れるものを探していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る