第97話

これは今の会社に入社してから知ったことだが、実来は中学生の時に父親を病気で亡くしている。



父親の医療費もそれなりにかかっただろうし、学費だってばかにならない。学生時代は漠然と質問魔として見ていたが、今思えば父親のいない環境で生活が苦しい中、大学を卒業するのに必死だったのだろう。



若いうちから苦労していると、自然とその蓄積された苦労が大人びた魅力に繋がるというから、実来がそれに当たるのかもしれない。



そんな実来を知れば知るほど好きになるのは当たり前で、それと同時に俺の軽率な行為による罪悪感も募るばかりだった。










話はとんで、同期会の次の日のこと。 



「ちと君、これってなに?」



本当に朝の8時からうちに乗り込んできた水絵は、ベッドの下にあるそれ・・を取り出してきた。



「……え?…なになに、もしかして、これって!?」



小さな箱型に白い包装紙とシーリング調のシールで飾られたそれ。どこかの誰かさんみたいに一流とまではいかない二流ブランドの腕時計が入った箱。



誕生日に渡そうかと思えばすでに帰った後だったし。いつ渡そうかと迷っているうちに、昨日の唐突な同期会で一流ブランドを身に着けた実来が現れて。



正直、苛立ちを隠せなかった。 



それでも酔いに任せて、うちで渡そうかと思って誘ってはみたものの。



乱雑に心を乱しまくった俺は、実来に不純行為を働いてしまった。しかもあんな中途半端な状態で真夜中に帰らせて。一から十まで不純だらけだ。



今度こそ本気で嫌われたかもしれない。



いや、自分から誘っといてこんなことをいうのはどうかと思うが。昨日は抱くとか抱かないとか。



そういうんじゃない。



あのままずっと一緒にいたかった。ただそれだけだった。

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