第91話

焦っていたんだと思う。実来と付き合っているのは俺なのに。



実来と朋政さんの距離感に気付いた瞬間、実来が手の届かない位置に行くことを恐れて――――……

 




「んっ、あっ……む、がみくぅ、んん"」




ふと、水絵が左手首にするシルバーの華奢な腕時計が目についた。



そういえば実来は腕時計をしていない。



すでに彼氏でもない癖に、実来の誕生日プレゼントを気にしている俺は素直に後悔していた。誕生日くらいいつなのか聞いてやればよかったのに、自分の誕生日ですら興味がないから気付けなかった。



実来の誕生日を知ったのは、別れてからだった。



10月が誕生日の福間ふくまに「なんかくれ。」と言われて、南極観測隊員募集のチラシをプレゼントしたのがきっかけだ。



「ぱるるにもろくでも無いもんあげたの?」と聞かれて、まさか付き合っている時に誕生日を迎えていたなんて思いもしなかった。



あんなにコミュ力高いくせに、大事なことを言わないのはなぜなのか。でも今思い返してみれば、確かにあいつとは友達の延長線みたいな付き合い方だったかもしれないと反省している。



ただ、自分が実来に手を出せなかった理由といえば、十中八九あのこと・・・・が俺の中で引っかかっているからとしか思えない。

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